重苦しい空気が包み込み、心臓が何かで刺されたようにズキリと痛みを訴えている。
覚悟してたとはいえ、それでも心が激しく混乱し、動揺してしまう。
その込み上げてくる感情を持て余す俺は、ただひたすら、細かに震え続ける拳をぎゅっと握り締めていた。
「……汚らわしいと思うか?」
ユリアスは、自分を貶めるような言葉を使って俺に問う。
肩が慄き、キリキリと軋む心に涙が滲む。
(―――わ、からない……よ)
「許せぬか……?」
そう問われ、声が詰まった俺が微かに傾けば、眦から堪え切れなくなった涙が一気に溢れ出す。
(やっ、やだな。格好悪く泣かないって決めていたハズなのに……)
心の中でそうひとり言を漏らしながら、手の甲でゴシゴシ涙を拭く。
けれど、ひとたび堰を切って流れ出してしまった涙は、拭っても拭っても収まらず、ハラハラと止め処なく零れ落ちていく。
「……済まぬ、藤也」
苦しそうな声音で謝るユリアスは、
「話せば、辛い思いをさせるとわかっていたが……」
そう言って深く息を吸い込み、重い息を静かに吐き出すと、同じに傷つかせてしまうのなら、
他人ではなく自分の口から聞いて欲しかったのだ、と続けた。
多分、今の涙でぐちょぐちょになっている俺の姿を見ているユリアスも辛いんだと思う。
だって、ギリリッていう噛み合わせた歯軋りの音が伝わってきてるから……。
それがわかるから、余計に俺の胸は締めつけられていく。
苦しくて、悲しくて……気づけば、ユリアスの逞しい胸に額を押し当てていた。
―――…あの後、
「そなたには、嘘も隠し事もするつもりはない」
だから、包み隠さず正直に話す……そう言って、開いた口から紡がれた言葉は、予想はしてたとは言え、
やっぱりショックで、ちゃんと全部話が聞けてたか……それすらわからない。
ユリアスには、母親違いの五人の子がいることと、その五人の母親が後宮で暮らしていること。
元老院という機関が、その中から一人、正妃を選出しようとしているということ。
けれどどの国も軍事力は大きく、総合的な国力にもあまり差がないことや、
それぞれの祖国が皆一様にして、イラスーンと有益のある国交をしているために、
政治上の駆け引きが織り成す諸問題に頭を悩ますことになり、すぐさま一人に絞り込めずにきているらしい。
そして、その国力の大きさは、そのまま後宮の中でも反映されているという。
ユリアスが言っていた、マディーナ王女の立場が悪いというのは、ハリファが何の利益もない小国であるため、
肩身の狭い思いを強いられる……ということなのかもしれない。
そして彼女達は、祖国のためにより良い収益を得ようと、
たった一つの空席しかない“正妃”の座を狙って、水面下で争い続けているのだという。
他にもいろいろ言ってた気がするけど……。
そもそも、お国事情うんぬんという問題がなかったとしても、
それ沿おうのために作られた後宮があるのに、女性関係とか、何もないって言う方がおかしいよね?
そう頭では、理解しているんだけど……ただ、心がどうしても着いていかない。
「……藤也。俺が嫌いになったか?」
俺は言葉に出来なくて、唇をギュッと噛みしめながら、違う、と首を横に振った。
嫌いになれるのなら、こんなに辛い思いをする前に……。
―――そう、多分、後宮の話を聞いた時に逃避していたはずだ。
ユリアスは、俺に触れてもいいかと許可を求めた後、嗚咽が収まるまでずっと俺の背中をやさしく撫でていた。
静かな沈黙が流れ、落ち着きを取り戻した俺は、薄く口を開いた。
「そ、その五人の人を……あ、愛してるの?」
不安めいた色の混じる俺の声は、まだ微かに震えている。
「……愛か」
そう短く呟くと、
「そんなことすら、考えたことはないな」
ひとり言のように囁いたユリアスは、悲しそうに笑う。
じゃあ、どうして……と詰め寄りそうになった瞬間、やさしい香りが流れ込んでくる。
(―――あれ…?)
と思ったのとほぼ同時に、ユリアスよりも、さらに低く太い声が響いた。
「はっきり言ったらどうだ?義務と責務を果たしただけだと……」