Fate 29  
 
静けさを取り戻す頃、ユリアスは俺を抱き上げるとそのまま足を組んで楽な姿勢で座った。
そして身を少し屈めると、俺の唇に触れるような密やかなキスを交わす。
けれど、いつもと違う陰りを漂わせている青い双眸に見据られ、
「そなたに、話しておかなければならぬことがある」
重たそうに開いたユリアスの口から、そう告げられた俺の咽がゴクリと鳴る。

「後宮入りしなければならぬことは、聞いているであろう?」

(あぁ、やっぱり……その話なんだ)

俺は、バルディア山中にあるアラヤ神殿へ向かう前、 
ハリファが提示した同盟の条件の一つに、“王女の後宮入り”があると聞かされていた。
ハリファ王国には、後宮というものは存在していない。
だからどういうものなのかと、粗方の説明をファティマから教えてもらっていたのだ。
あれから数日が経ち、それなりに覚悟は出来ていると思っていた。
だけど、実際にユリアスの口から話されると動揺し、かなり堪えてしまう。

「……う、うん」
かろうじて、俺は返事を返した。
「出来ることなら、あそこへは入れたくなどない」
そう言葉を吐き捨てるように言ったユリアスは、ゆっくりと瞼を閉じ、 
そしてまるで自分を落ち着かせるかのように大きな呼吸をすると、再び目を開いた。

「ハリファ王国は、近隣諸国の中でも一際小さい。
それゆえ、我が国に置いてのマディーナ王女の立場は、極めて悪いのだ」
どういうことなのかと、首を傾げれば。
「後押しする者がいなければ、そなたを後宮から出すことができぬ」
(―――あ、あれ?)
その言葉に驚いた俺は、ユリアスの後ろに控えているファティマに視線を投げた。
だって、一度入ったら死ぬまで出れないって教えてくれたのは、ファティマだったから。
「後宮から出られる……の?」
そう問いかけた俺の顔は、頤をぐっと引かれてユリアスの方に戻される。
「そなた、婚姻の儀を執り行ったのを忘れたのか?」
不機嫌そうな声音で問われた。
―――忘れるわけがない。
だって、ユリアスのことが好きだって気づいた、大切な日だし、それに……。

(すっごく幸せな一日だったんだもん//)

そう心の中で囁いた顔は、きっと真っ赤になっているだろう。
思い出に浸って舞い上がっている所に、
「アラヤ神に誓ったのだ。神の前で妻となった、そなただけを一生愛し抜くと」
なんて言われたら、俺は単純だから、もう胸がじぃ―――んとしちゃって、感動の言葉すら浮かばない。

「王の伴侶となったそなたを、後宮になど住まわせて置けるわけがないであろう?」
真摯な、真っ直ぐな視線で見つめながら、そう俺に問い、
後宮から出る方法は一つだけだと語るユリアスの言葉は、高らかに紡がれる。
「そなたを正妃に迎える」
と。

だけど、俺は……薄々感づいてはいたんだ。
わざわざユリアスが、この離宮に寄ったのには、それだけじゃないんだということを。
 
―――そして悲しいまでに、その厭な直感は当たってしまうのだ。

  

 

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