Fate  27

ユリアスの命を受けて、王城からの迎えの一団の進行を止めて走り戻ってきたファテマは、お伺いを立てるべく、再びユリアスの元にいた。

ユリアスの腕の中にいる、錯乱していた藤也も、すっかり落ち着きを取り戻している。
その様子に、ホッと胸を撫で下ろした刹那、頬には赤々と引っかかれた痕が残っていることに気づいたファティマは、顔色を変えた。

「―――ユリアス様、その傷は?!」

もちろん、藤也がつけたものであることはわかっている。
わかってはいるが、未だかつて無礼を振舞った者に仕置きを受けなかった者がいないことを熟知しいるファティマは、  
気が気ではなかったのだ。
けれど、そんなファティマの心配を他所に、
「あ、あの……ごめんなさい。俺、引っかいちゃって……」
痛いよね?と、藤也は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、ユリアスの頬に手を伸ばし、そっと傷に触れている。
そしてユリアスはと言えば、自分の頬に触れている藤也の指の上から、大きな掌を重ねると、
「……大事無い」
そう短く答え、抱きしめている腕でトウヤの肩越しをやさしく撫でながら、
「そなたの受けた傷に比べれら、こんなものは些細なものだ」
と苦笑しているのだ。
その中睦まじい、微笑ましい二人の姿は、心の底ではそこはかとなく予想は出来ていたものの、  
実際に垣間見てしまったファティマは、自分の用件を忘れてしまうほど、驚愕と安堵の入り混じった複雑な心境で立ち尽くしていた。

―――が、瞬時にいつもの自分を取り戻すと、ユリアスに向かって口を開いた。

「先ほどの者の中に、ワディラムがおりまして……お話したいことがあると言っておりますが」
如何しますか、と返答を求めるファティマに、
「……ワディラムか」
ぼそりと吐き出し、視線を藤也から外したユリアスの眼光は、冷たいく威厳を放つものに変わっている。

後宮の、わがままな寵姫たちが起こす、尽きない揉め事に嫌気をさしたユリアスは、  
半ば押しつけるような形で、全権を宰相であるムスタファに委ね、気分転換を兼ねてハリファ王国の視察に加わったのだ。
「ワディラムを寄越すくらいだ。ムスタファの奴め、さぞや、カリカリしておるのであろうな」
クックックッと、その様子がわかるかのように軽い笑いを零す。
「ええ、それと……」
声を潜め、ちらりと腕の中にいる藤也を見遣ったファティマの言葉は止まる。
その仕草だけで、言わなくとも大方のことが知れてしまったユリアスは、
「わかっておる」
頷きながら短くそう言う口にすると、藤也の前ではその先を話すことは許さぬと、という無言の視線を放った。

一旦、藤也に視線を戻したユリアスは、静かな、けれど深い呼吸をつくと、再びファティマに視軸を戻す。
「ファティマ。このまま、カナールへ向かう」
「カナール……の離宮ですか?」
予想していなかった命令に、一瞬目を見開かせたファティマは、確認するために問い返していた。

今いるこの場所は、目指す王城とは目と鼻の先の距離なのだ。
しかも、もうこれ以上は執務から離れることは出来ないと、婚儀も簡略化したくらいなのに……とファティマは、首を傾げる。
だが、カナールはユリアスに取っては特別な場所であることを理解している彼は、部下を呼びつけると、離宮へ先に向かわせた。

ユリアスは頭の片隅で、事前に話しておこうと思っていたことがあったのだ。
黙っていても、王城に着きさえすれば、否応なしに藤也の耳に入るだろう事柄を―――…。
どうせ耳に入る話とは言え、あることないことまで聞かされれば、たとえ信じないと思っていたとしても、傷つかないことはないのだ。
それが心根が真っ直ぐで、やさしい藤也なら尚更であろう。
そして、それが大切なことであればあるほど、自分の口で話さなければならないのだ、とユリアスは思っている。

「……いいの?お城、空けても?」

物思いにふけるユリアスを、不思議そうな顔で見つめながら藤也が囁く。
「戦を控えているわけでもあるまいし、一日や二日、戻る日が伸びようと問題はあるまい」
穏やかな笑みを浮かべると、藤也を安心させるように、然もや何でもないように話す。

出来ることなら片時も離さず傍らに置き、大切にして、幸せにしたいと切望するユリアスは、目を鋭く細め、  
王城のある方角を人知れず睨めると、駆ける馬の手綱を操ると腹を蹴り、鼻先をカナールへ向けた。  


 

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