Fate 26

 
「や……いやぁっ!離して、離して―――ッ!!」

自分を力強く抱き留めているユリアスを、あの時の頭から黒い布をすっぽり覆った男たちと思い込んで錯乱する藤也は、 
恐怖から必至になって逃れようと身をもがいていた。
いくら強靭な腕で身体を縛められていても、馬上で暴れるのは危険だと、 
いつの間にか取り囲む込むように集まった兵士たちは、ハラハラとしながら見守っている。

「―――藤也、俺を見ろ」

だが、頭を暗雲に振り、手足をばたばたと動かしてもだえ苦しんでいる藤也には、ユリアスの声すら届かない。
「……ッ」 
片腕をわずかに離した間に、激しく動かした細い指先が頬をガリッとかすめ、強く引っ掻かれて痕を残す。

この世界では、隙や弱みを見せるわけにはいかないのだ。
大国になればなるほど、王は絶対的なものでなくてはならない。
それ故、軽ければ国外追放で済むが、王を傷つけたものは重罪に科せられるのである。
実際、先代の王であったユリアスの父親は、誤って手をすべらせて、花瓶を落として割った女官を手打ちにしている。
王を傷付けても許される、ということになれば、民への示しがつかなくなる……というのが、その理由だ。

けれど頬がみみず腫れになろうが、そんなことには気を取られないユリアスは、 
敢えて蓬莱人にだけ効くという甘い香を放ち、藤也の後頭部の髪を鷲掴みにすると後ろへ引き、強引に顔を上げさせる。
無理やり上を向かされたことにより、うっすらと開いた、強張っている唇を塞ぐと、宥めるように舌先で感じやすい粘膜をくすぐっていく。
すると、すぐに香りによってもたらせる快楽が、藤也の恐怖心に取って代わリはじめる。
さらに口腔内を柔軟に動き回る舌先が、藤也を甘く揺り動かしていく。

「……ぁ……」

ビクッと、大人しくなった華奢な身体が小さく跳ね、甘い声音が零れる。
ユリアスは、力が完全に抜けた藤也をやさしく抱き留めながら唇を強く吸い、キスを繰り返す。


「―――ユ、リアス…?」

突然、開けた視界一杯に端整な男の顔が広がった。
目と目が重なり合い、俺の心臓はドッキ―――ンと痛いほど大きく跳ね上がり、忽ちに心が乱れていく。
「ああ、俺がわかるな?」
そう問われて、俺はうんうんと首を縦に小さく動かして、無言で頷いてみせた。
「もう大丈夫だ……安心しろ」
俺が傍にいる、と頬をやさしく滑られながら囁き、青い双眸が俺を温かく包み込むように穏やかな笑みで見つめている。
それは、些細なことだったかもしれない。
だけど……この腕の中にいれば、もう、過去の出来事に苛むことなどないんだ。
不思議とそう思ったら、安堵感と幸福感とで涙が零れ落ちそうになる。

「泣くな―――…」

少し戸惑った眼差しで、そう言われると、余計に涙腺が緩んでしまう。
けれど、そう言って俺の頭をぐっと自分の胸元に押さえ込むように寄せて、ギュッと抱きしめるユリアスの身体は、かすかに震えていた。

お互いに抱きしめ合い、漸く落ち着きを取り戻した頃、 
俺はパニックの原因になった、二年前にこの世界へ飛ばされた時に体験した、悪夢のような出来事を話した。
ユリアスは、黙ってじっと俺の話しに耳を傾けていたが、見たこともなかった大きな剣を振り回しながら俺を取り囲み、 
四方から幾つもの縄が投げ出さられるのを最後に意識を失ったと言うことを聞いた途端、
「クソッ!」
と、らしくない言葉を吐き捨てた。

ギリリと歯軋りを立て、奥歯を噛みしめたユリアスは、
(もっと早く巡り合えていたのなら、そんな思いをさせずに済んだものを……)
―――と、心の底で出会えなかった自分の運命を強く恨まずにはいられなかったのだ。


 

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