広大な、白いシエナ砂漠を走り初めて三日目。
この東領地を抜ければ、目指す王城のある王都ラトゥシュに到着する。
太陽神アラヤを信仰する国の王たるユリアスは、駆ける馬の足を止めるとおもむろに振り返った。
鮮麗な藍青色が徐々に薄くなり、ちょうど東の地平から真っ赤な太陽がゆっくりと昇ってくるところだった。
その、美しい砂漠の夜明けを目に入れると、かすかな寝息を立てながら今はまだ夢の中にいる、腕の中の存在を愛おしそうに見下ろす。
やっと心まで手に入れることができたという充足感が湧き上がり、
知らず知らず口元に笑みが綻び、胸が熱くなるユリアスはとても穏やかだった。
滅多なことでは表情を変えず、冷たく突き刺さるようなオーラを醸し出している彼に、安らかでやさしい笑顔を作らせる者は、他にはいない。
それゆえ、ユリアスにとって、その青年がどれほど大きく占める存在なのかと言うことが言わずと知れるのだ。
今はまだ無理だが、いずれそう遠くない将来、王の隣に肩を並べて立つだろう、
ユリアスにしなやかな身体を預けている細身の美青年を、命に代えても守らなければと、そう誓いを立てるファティマがいた。
緩やかな砂丘の陰で、砂が揺れ動き、白馬が砂の斜面を一気に駆け降り始めると、
その後に続く男たちは、漆黒の套衣を一斉に靡かせて続いていく。
―――ふっと意識がもどり、ゆっくりと覚醒する。
でも瞼は重たく、寝足りない俺は眠たくて、目はなかなか開けられない。
けれど、耳元でトクントクンと心地よい心音が聞こえ、安心するようにその温かみに縋りついた。
「……藤也?」
穏やかな声音が頭上から降り注ぐ。
アラヤ神殿で結婚して、その後、ユリアスに抱かれて……愛してるって言われて……。
初めて好きっていう気持ちに気づいた俺。
(―――もし、これが夢だったとしたら……)
なんか、幸せ過ぎて不安になった俺が黙ったまま、
ギュッと縋りついている腕に力を入れれば、顔を覆うヴェールが、落ちてきた大きな掌でめくり上げられた。
そして、身を少し屈めたユリアスの柔らかで形のいい唇が俺の唇と重なり合う。
チュッという軽い音を立てて唇を離したユリアスに、身体をぐっと胸元に引き寄せられて、強く抱きしめられれば、不安も消し飛んでしまう。
だが、そんな甘い雰囲気は、偶然視界の隅に捕らえたものによって、打ち壊される。
自分達に近づいて来る、巻き上がる砂塵を垣間見た瞬間、二年前の恐ろしく怖かった情景と記憶をはっきりと思い出した俺は、
フラッシュバックを起こし、身体中の血液が引いたように冷たくなり、パニックを起こしかけていたのだ。
いち早く異変に気づいたユリアスが、不可思議に俺の名を呼ぶ。
「藤也……っ?!」
少し慌てたような声音が辺りに響き、その声に、手綱を引きしぼって馬を制御したファティマが、すぐに駆け寄る。
「如何されましたか!」
見れば、ユリアスの腕の中にすっぽりと包まれた藤也の顔は、血色をなくし、酷く顔色が悪い状態だった。
そして華奢な身体は、可哀そうなほどガタガタと振るえている。
片時も王の傍を離れず、仕事中はユリアス以外のことには全く見向きもしないイスファンでさえ、チラリと藤也を見遣り、
気にかけている様子だ。
ほんの少し前までは、異常は微塵にも感じられなかったことに、驚きを隠せずにいるユリアスは、
「一体、どうしたと言うのだ?」
と、問いかけながら、震える背中をやさしく摩り続け、注意深く藤也を見つめる。
「……怖い」
消え入りそうなほど小さな声が、ユリアスの耳元へ届いた。
「何が怖いのだ……?」
だが、藤也はだだ怖いと言うだけで拉致が明かない。
そして次第に走りよる蹄の音が大きくなる頃、
「嫌―――ッ、逃げなきゃ!」
そう叫んだ藤也は、ユリアスの腕の中で暴れ出した。
尋常でない藤也の様子に、一番慌てたのはファティマだった。
「医師を此れへ!」
珍しく声を荒げ、部下に命じたものの、
「ええい、何をもたもたしているのだッ!」
そう罵声を上げ、自ら動こうと馬の腹を蹴ろうとした時だった。
「ファティマ、医師はよい」
何かに気づいたらしいユリアスは、振り返ったファティマに、それよりもアレを止めて来いと顎をしゃくる。
視線を移せば、もくもくと砂塵を巻き上げてこちらを目指している、王城からの使いの者たちの姿。
皆目検討はつかない。
けれど、主の命令には忠実に動くファティマは、同胞を制止させるために馬を走らせた。