Fate 16
再び俺が意識を戻した時、そこは宮殿内ではなく見知らぬ天幕の中だった。
上等な肌触りの絹をふんだんに敷き詰めた寝床に、滑らかで極上な絹のドレスを纏っている。
ここは何処なのかと、身体を起こした途端、
「…ぁぅ……っ」
俺の口から、鼻に抜ける甘ったるい声が漏れた。
(う、嘘だろ。何だよ、今の声……)
声が掠れているだけでなく、腰が異様なほど重くて怠いし、それに気の所為ではなくて、後ろのあそこがジンジンと熱を孕んで痛いのだ。
(―――う…ッ!)
一瞬で、あの情交のシーンが頭の中を駆け巡る。
(俺ってば、俺ってば。お、男ことHしちゃったんだ―――…)
しかも、有り得ないほど興奮して、淫らになって、めちゃくちゃ感じて、あんなことやそんなことまでして……。
(……もう俺、お婿に行けない)
なんて冗句も空回りし、寒すぎて虚しくなる。
(あれは、俺じゃないっっ!あいつが悪いんだ!あいつの出すフェロモンが悪いッ!!)
そう心の中で叫んで、あの出来事の全てを否定する。
ユリアスの放つ、妙に甘ったるい香りの所為でひどい目に遭わされたのには違いないのだ。
考えれば考えるほど、益々気が重くなる。
(はぁぁ、最悪だ―――…)
思わず、憂鬱な溜息をつかずにはいられなかった。
行ったことないけど、この気分は、地球の裏側まで行っちゃったっていう感じなんだと思う。
あまりのショックに冷や汗は出てくるし、くらくして気分まで悪くなりそうだった。
俺は、頭を抱え込んだ。
(大体なんだよ、蓬莱人て?俺は、純粋な日本人だっての!)
―――と、熱くなっていた俺の前に、ピョコンピョコンと見覚えのある物体が飛び出した。
「ルビー?!」
(何でこんなところにいるんだよ、お前ー?)
俺は、ウサギのルビーを抱き上げて、頭をごしごしと撫でてるうちに、もっと重要なことを、度忘れしていたことに気づいた。
あの時、確かめたいことがあると言って、俺のいる内殿に強行突破してきたユリアスたち。
俺の目の前で、苦渋に満ちた顔をさせながら意識を失って倒れ込んだセシア。
それに、その他の人たちは、どうなったんだろうか……。
特にアルザスは武術に強い分、ひどい目に遭ってないか、と急に心配になる。
(早く帰らなくちゃ!)
そう逸る気持ちで、鉛のように重い身体を奮い立たせ、立ち上がろうとしたら、いきなり床に崩れ込んでしまった。
(げっ……)
「こ、腰が立たない?!」
そう心の動揺を口に出して呟いた時だった。
「気がつかれましたか?」
ご気分は如何ですか、と突然声を掛けられて、弾かれたように振り向いた。
自愛に溢れているように窺える、知的なダークブラウンの瞳の男はゆっくりとした足取りで俺の傍へと近づく。
「あなたは確か……」
「王城まで藤也様の護衛と身の回りのお世話を仰せつかっております、ファティマと申します」
どちらかというと低めの渋い、けれど穏やかに澄んでいる声は耳に心地がいい。
(―――ってか、今何て言った?この人……)
確かに、王城って言ったような……と、目を彷徨わせ、つかの間の逡巡の後、我に返る。
「……お、王城?!」
ふっと、屈託のない笑みで答えながら、「イラスーン王国」のお城へ向かっているのだと言う。
「なんちゃって冗談です……とかじゃなくて?本当にイラスーンへ行く途中なの?」
「はい、一両日中には国境へ差し掛かります」
(ちょっ……そんな綺麗な顔でニッコリ笑っても、コレって誘拐だよ?誘拐。犯罪なんだよ?!)
冗談じゃないってば、何でそんな国に行かなければならなんだ?
俺、今……王女の身代わりしてるんだから、そんな国に行ってる場合じゃないし。
(今すぐ帰して、直ちに帰して、とっとと帰して―――っ)
と思うものの、腰が立たなければ話にもならないわけで……。
とりあえず、控えめに言ってみる。
「あの、えと……すみません。俺、ハリファへ帰りたいんですけど」
するとファティマは、少し困った表情をしながら、
「お食事をご用意しておりますが、その前に果物のジュースでもお飲みになられますか?」
と言って、冷たいジュースを手渡してくる。
(え、スルーしちゃうの?)
言われてみれば、ちょっと喉も渇いていた。
でも、それは……。
(あのエロエロ男のユリアスがいけないんだ!)
普段は絶対に使わない、女のコみたいな高い声を張り上げさせられれば、喉は傷つき、声も掠れてしまうよね?
心はハリファへ帰ることで一杯だった俺は、悠長に飲んでる場合じゃないと、首を振っていらないと答えた。
だが、俺は忘れていた。
この自愛に満ちた表情をしている男が、恐ろしく怖いということを。
俺が拒絶を見せた途端に、回りの空気が三度は下がり、眉一つ動かさないまま、鋭い眼差しでで俺を凝視する。
たったそれだけなのに、背筋が震えてしまいそうになるのだ。
「砂漠では水分を取らないと脱水を起こして、すぐに倒れてしまいますよ」
そしてその目は、俺に「飲め」と無言で訴えている。
(もぉ、だから怖いんだってば……その表情)
意気消沈する溜息を漏らしながら、受け取ったジュースをゆっくりと飲み始めた。