Fate 7
周りに大きな国々が隣接するという、地理的に不利なハリファ王国の利点といえば、大陸のほぼ中央に位置していることだ。
広大な陸地を渡る商人たちなどの中継地点にあたるため、町の大通りは、行商の人々で賑わっている。
国土が狭い上に大した資源もなく、財力も軍事力もさほどないない国ではあるが、
様々な国々と交流することで、多くのな情報を手中に収めていた。
内情が貧国とは思えない王宮の中で、派手やかな造りをしている宮殿は、
決してバランスが良いものではないが、あらゆる国の芸術や調度品で埋め尽くされている。
そのほとんどは、代々この国に生まれた清らかな王女たちが、政略結婚をしてきたおかげてあった。
同盟を結ぶことにより、戦争を回避したり、経済的支援などを得てきたのである。
今日も、様々な来客で雑踏する謁見の間の中に、視察目的で訪れていた、まだ国交を交わしていない大国の一団があった。
その中の数人が、謁見の間をはなれて中庭へと向かう。
その場所は、乾燥した砂漠地帯の中にあるとはとても思えないほど美しく、見事な庭園を前にした彼らの脚が一旦止まる。
彼らは、他愛のない会話をしながら、ゆっくりとした足取りで警備兵の前を通り過ぎる。
辺りから聞こえるのは木々を渡る風と微かな水音。それと小鳥の囀り……。
「噂では耳に致しておりましたが、これほどまでに美しいとは思ってもみませんでした」
「……ああ、そうだな」
と、つまらなそうに相槌を打った男は、ほとんど興味がなさそうな表情をしている。
「ユリアス様。話の調子を合わせて頂き、恐縮なのですが……
できればもう少し感情を入れて頂かないと、とても共感しているようには思えないのですが」
「無理を言うな、ファティマ。確かに素晴らしい庭園ではあるが、ユリアス様の興味を引くものじゃないだろ?」
そう、抑揚のない声で問う男は、三十前後といったところであろうか。
琥珀色の瞳は大空を舞う猛禽類を思わせるような鋭い光を宿している男の名は、イスファン。
誇り高き遊牧民の血を引く彼は、武勇に秀でいる。
彼は、自分の興味のないものには無機質的な感情を露にし、何処までも冷たくなる男であるが、
一度自分のテリトリーに入れた相手には、心底つくすタイプである。
そういわれて、はぁぁーっと意気消沈するような深い溜息を零したファティマは、明るい栗毛の髪は少し長めで、
自愛に溢れているように窺える知的なダークブラウンの瞳をした、洗練された顔立ちの若者である。
だが、見たくれに騙されてはいけない。
その顔からは想像できない脆弱とは無縁な胸板をしているのだ。
「それに、我が国の庭園の方が造形的にも技術的にも上をいっていると思うが?」
横やりを入れるイスファンを横目に、
「それにしても、銅山、たった一つの採掘権とは……な」
話にならぬ、と不機嫌ぎみな声を露にしたのはユリアスである。
「採掘権だけではないじゃないですか。美しくて聡明だという噂の王女が輿入れするのですよ?」
「そんなもの、後宮に腐るほどいるであろう」
後宮の姫たちは、敗戦国の生き残りだったり、
人質同然のような形での同盟や、政治上の駆け引きを目的としたためなど、理由は色々ある。
けれど、自国が有利になるためにならどんな努力も厭わないという、損得勘定で動く彼女たちの大半は気が強くて敵わない。
ほぼ日常化している後宮内の争いごとにうんざりさせられているユリアスにとっては、迷惑極まりないことなのだ。
これ以上の火種を増やしてどうする、と口にしようと思った時だった。
庭園内に、微かな鈴の音が届く。
そのわずか後に続く、
「ルビー?」
何かを探しているような口調な可愛らしい呼び声。
それまで何にも興味を見せなかったユリアスの視線が、その声に誘われるように流れる。
丁度、木々の間から、小さなウサギが飛び出してくるところだった。
驚いたのは、離れた場所からでもはっきりと分かるウサギの胸に赤く輝く宝石。
あれだけ大きければ、かなりの希少なものであり、高価な物であることは間違いない。
このハリファ王国よりも遥かに富み、鉱産物にも段違いなイラスーンの国内でも、滅多にお目見えしない類のものだ。
それを惜しげもなく首にしているウサギは、ぴょんぴょんと楽しそうに飛び回っているのだ。
十中八九、間違いなく王族のペットなのであろう。
自国の王城や後宮内でもありえないその光景に、飼い主を見てみたい衝動に駆られたユリアスの口が開く。
「イスファン、あれを捕らえろ」
主に命を受けた、顔に傷跡のある体格のよい男が機敏に動く。
彼にとっては、たかが一匹のウサギを捕らえることなど、雑作もないことだった。
あっという間に捕らえた、あどけない顔をしたウサギをユリアスに差し出す。
胸に輝く赤い石は、やはり、あの『ビジョンブラッド』であった。
「ルビー、ルビー??」
そう呼びかける声音は、先ほどよりもかなり不安げなものに変わっている。
と、木立の隙間から黒いヴェールを被った女が現れた。
ウサギを探している女は、没頭するように草むらを必至に覗き込み、ユリアスたちの存在に気づきそうもにない。
ユリアスは、華やかな宮殿で見かけた女たちは皆一様に、
白やオレンジやピンクなどの明るい色のヴェールを被っていたことを思い出していた。
自国の着飾る後宮でも、喪中以外で黒いものを着用する姫を見た例がない。
そして、眼下のヴェールの隙間から覗く女のドレスは鮮やかなラベンダー色をしている。
しかもその裾は、たっぷりと贅沢な金糸のレースで縁取られているではないか。
ふと、さきほど広間で耳にしたことを思い出した。
ハリファの王女は、婚姻するまで、その姿を異性には見せないのだと。
(……王家のものか?)
鈴の音をシャンシャンと鳴らせるその人物に、何故か興奮しそうになる感情を抑制しながら、ユリアスは静かに声をかけた。
「探しているのは、このウサギのことか?」
ゆっくりと振り返るようにして顔を上げた女は、俺を真っ直ぐ見つめたまま、ピタリと動きを止めた。
ヴェールに隔てられた表情や容姿は、はっきりとは分からない。
―――なのに、だ。
誘惑されているように思えてしまうその視線に、ユリアスの身体が甘く疼く。