Fate 6
アルザスが、宮殿までの道案内を侍女のセシアに命じたが、「それには及ばない」と断った男は、籐也に一礼すると、
共にいた数人の男たちを引き連れ、何事もなかったかのようにその場から離れていく。
その様子を後ろ目で確認しながら、アルザスは籐也の背後についた。
―――一方の藤也は、この世界へ来てから、数えるくらいしか内殿から出たことがなかったため、
久しぶりの外側の風景を楽しみながら歩いていた。
外側といっても、宮殿内の中庭なのだが、それでも今の籐也にとっては、新鮮でうれしいことだった。
そして、この囲われた生活も、もうじき終わるのだと思えば、それほど苦にも感じない。
マディーナ王女には、出来ることなら正式な侍女になって、いずれ嫁ぐであろう国に一緒に付いてきて欲しいとは言われている。
でも、一度きりの人生だから、後悔しないように自分の進みたい道を考えてから決めてくれればいいと言う。
常に他人のことを一番に考えている彼女に、自分は何をして上げられるのか。
そう考えた時、王女として生まれた瞬間から、己の意思など汲んではもらえない生活を強いられてきた彼女に、
短い期間ではあるが、二年間という自由時間をプレゼントしたんだ。
内殿に入れる者は、ごく少数に限られていたし、王女は嫁ぐまで容姿を隠さなければならないという風習は、計画に好都合だった。
そして、その代わりに俺に考える時間を与えてくれた彼女が、まもなく帰国の途に着く。
この世界のことすら、ほとんど何も知らない状態で、進む道を決めること自体無理だということに気づいた俺は、結論を出すのは簡単だった。
王女と共に同じ道を進めば、行動の自由に何らかの制限が付くというマイナス面はあるだろうけど、生活に困ることは少ないはずだ。
でも俺は、この先どんなに苦しくなろうとも、自分の足で立って歩いていきたいと思うんだ。
だからその為にも、まず、この世界を知ることから始めようと思う。
知らないことだらけということは、どんな小さな発見にもワクワクするもんだろ?
(実際、さっきも知らない国の人に会ったし……)
あんな瞳をしている人が、この世界にはいるんだ、そう思った瞬間、
(うあぁ、待ったッ。今のなし、なし―――!)
あの身体が熱くなって変になってしまった自分を、すっかり頭の隅に置くことで忘れていた藤也は、
頭を激しく左右に振って、慌てて否定した。
「マディーナ様?」
突然、妙なことをした所為か、後ろを歩くセシアが驚いている。
「ごめん、ごめん。なんでもないから」
少しのことにでも気を掛けてくれる、俺にはもったいないくらいによく出来た侍女に、あははと笑って笑みを返す。
でも、一度気になりだしてしまったら、後には引けなくなるのが人情だろ?
「ねぇ、アルザス。さっきの人から、変わった香りがしなかった?」
それでも、ストレートに聞くのを躊躇った俺は、ちょっと話を濁すことも忘れない。
「あの人たちが、イラスーン王国の人なの?」
すると、アルザスは、ぴたりと足を止めて振り返える。
「そうですね。今、この宮殿に滞在することを許されているのは、イラスーン王国の方だけですから」
「やっぱり、イラスーンの人だったんだー」
気持ち、ほんのりテンション上げて明るく振舞う俺。
「で、マディーナ様。変わった香りとは?どのようなものでしょうか」
目を細め、辛辣な表情のアルザス。
(あちゃー。全然、濁ってないし……)
「うーん。……ちょっと刺激的な甘いような香りなんだけど」
俺がそう言うと、アルザスは眉間にしわを寄せながら遠くを見つめ、逡巡する。
「特に、そんな香りはしていなかったと思いますが」
そう答えて、お前は思い当たらないかと視線をセシアに流したが、彼女も首を横に振るだけだった。
(……ってことはやっぱり、妙な気分になっちゃったのって俺だけなのかな)
そんなことは、当然おくびにも出さない。
「その香りが、何か?」
「ううん、気の所為だったかもしれない」
俺は、肩を竦めて両手をあげ、降参のポーズをしてみせる。
あの時、自分の傍にいた二人が、二人とも匂いを嗅いでいないという。
そして、何だかんだであの場にわさわさといた人たちの中で、おかしくなったのは自分独りだけらしい。
(ってことは、薬のような作用をもたらすという、特別なお香とかじゃなさそうし……)
そういう危険なものを使われていたなら問題だけど、そうじゃなみたいなら大事にする必要はないよね?
と、ひっそりと思う俺。
(……ってなると、あれだ。フェロモンってやつ―――?)
他に思い当たるものがなかった俺は、本当に実在するのか知らないけど、フェロモンの所為だと勝手に思い込むことにしたのだ。
それにしても、今更だけど、あれはかなり強烈で、刺激的だった上にヤバかった。
(俺って、もしやフェロモンに敏感なタイプなのか……?)
顎に手を置き、
(いやいや、違うだろ。きっとあの男の出すフェロモンには、前に“スーパー”がついてるんだ)
などと、自分は普通なんだと思えるよう、無理やりに言い訳を考える自分に苦笑している頃、目的地に到着していた。
侍女のセシアと何やら楽しそうに笑いを飛ばしながら、
内殿の敷地の中へ足を踏み入れていく、籐也の後姿を見ながら、アルザスは思い出していた。
挑発するような態度をし、獲物を狙うような鋭い目つきをした……あの男のことを。
そして、願う。
―――このまま、何も起こらなければいいと……。