Fate 5
「こちらは、王族の私的な区域で、立ち入ることは禁じられております」
使われた言葉は丁寧なものの、そう述べたアルザスの声は、今まで聞いたことのない、低く凄味のあるものだった。
「……ほぉ?」
男はまったく動じず、悪がる様子も微塵にない。
「それは失礼をした」
抑揚のない声で、本当にどうでも良さげな口調で言う。
見下すように薄く笑みまで浮かべた男を前に、アルザスの視線はギラリと射抜くような強いものに変化する。
その瞬間、二人を取り巻く空気が二、三度下がったような気がしたのは、気の所為だろうか。
「どうぞお引取りを」
上に向けた掌を、戻るべき方角へと示して退去を促された男は、ゆっくりとその視軸を俺に向けた。
「そちらの姫君は?」
(……え、俺?)
突然、話を振られた俺の肩がビクリと反応する。
「第一王女のマディーナ様にございます」
その答えに、ほんの一瞬訝しげた男と、俺の視線がかち合う。
(ななな、なんだよ。その疑わしそうな目は……)
いや、確かに俺は本物のマディーナじゃないんだけどさ、と内心ちょっとビビッてる俺。
それに対して、そうとは知らないだろう男は、悠然と歩み寄って来る。
「先ほどは、失礼を致しました。どうか、ご無礼をお許しください」
そう、丁寧に頭をさげて謝罪するその言葉に、思い出したくもなかった、あの“醜態”が一気に甦って来た。
(ちょっ、馬鹿。嫌なこと思い出しちゃったじゃないかよ!)
断じて、俺はホモじゃないッ……と、内心叫び、慌てふためいている俺を余所目に、
「逃げないように、しっかり抱いてください」
と、さっきとうって変わり、ニッコリ微笑みながらそう言って、保護していたウサギのルビーを手渡してくる。
あやうく大事になるところだった、その切っ掛けを作ってくれたルビーだが、
そのあどけない姿を見ていると、可愛いなぁと思ってしまう俺は、怒る気にもなれない。
「す、すみません。……ありがとうございます」
ぎこちなく謝まるも、受け取ったおかげですっかり安心してしまったのか、
現状をすっかり忘れてウサギをうっとりするように見つめていた(らしい?)俺は、
「マディーナ様」
アルザスの呼ぶ声に、現実に戻された。
「そろそろ、お屋敷に戻られた方がよろしいでしょう」
王女に扮している籐也を、じっと見つめていた男にを不審に思ったアルザスは、一刻も早くこの場を離れるべきだと思った。
そして同時に直感したのだ。
―――この男は、危険だと……。