Fate 3
小国であるハリファ王国は、人口もそれに匹敵して少なく、もちろん軍事力や経済力も大きくはない。
そんな国がこの数百年の間、近隣諸国から侵略されなかったのは、
国を守るために、王家の女性が近隣の他国へ人質同然のような形で輿入れをしてきたからだという。
それは、友好の証であったり、同盟の証であったりするが、名目は何であれ、政略結婚には変わりはない。
戦争回避を目的としたり、経済的支援を得るため、
はたまた、相手の国王の継承権を得るためなどの政治的な目的で他国へ赴かなければならない彼女たちは、
身内以外の人間の接触を制限するために、内殿と呼ばれる王女専用の宮殿で過ごすのだそうだ。
マディーナ王女も例外ではなく、十七歳になれば隣国の花嫁にならなければならないという。
また、王女たちが公式職務などで内殿から出る場合は、
黒いヴェールを頭からすっぽりと被り、容姿をさらさないようにするのも決まり事らしい。
そんなわけで、王女専属の騎士意外の男はいない内殿に住まわさせてもらう以上、有無を言わずに女性の格好をしなければならないのだ。
そして、ただ今の俺は、二年間という期限付きで、
十五歳になるまで宮殿から一歩も出たことのないというマディーナ王女の替え玉をしている最中であったりもする。
ちなみに、現在、彼女は幼馴染だという専属騎士の一人を連れて、異国を旅する冒険中なのである。
そんな彼女の自由時間も残り少なくなり、後数ヶ月で終わりを迎える。
(……それにしても、鬱陶しいよなぁ)
視界を隔てる薄い布は邪魔物でしかなく、二年近く経った今でも、このヴェールは馴染めないでいる。
(これじゃ、可愛いルビーが良く見えないんだよね〜)
そう心の中でぼやき、ヴェールを少し掴んだ瞬間、俺の膝の上にいたルビーが飛び降りる。
鎖に繋がれたいなかったルビーは、それこそ嬉しそうにピョンピョン跳ねて、どんどん遠くへ行ってしまう。
(げっ、マジ―――?!)
ウサギってそんなに足速かったのかよ、
と一瞬、呆然としてしまった俺だけど、絶対にルビーを見失うわけにはいかないのだ。
何せ、王女のプレゼント……いや、ウサギ自体よりも、あのめちゃめちゃ高そうな宝石を失った、とはさすがに言えない。
全身の血がサーッと引いたように寒くなった俺は、咄嗟にドレスの裾を持ち上げると、ダッシュする。
ちなみに、走りながらシャランシャランと響く鈴の音は、俺の足首に飾られたアンクレットだ……。
「ルビー?」
だが、俺の呼びかけを完璧無視するルビーは、生い茂る草むらを進み、さらに生垣をも越えていく。
(うわぁ、もう最悪―――……)
その向こう側の大庭園は、王族のプライベートエリアとはいえ、さすがにマズイと思う。
だけど、悲しいかな。
ありがたくないことに、普段はいない警備の者たちが、ちらほら立っているのだ。
(そうか、今……)
イラスーン王国の人たちが視察で宮殿を訪れていることを思い出した俺は、
(どうするよ、俺?!)
と、自問自答する間も、動くと鳴ってしまう鈴の音。
(やばい、やばい、絶対やば―――いっっ)
女の子なら、パニックになって泣き出しそうになるくらい、俺の心臓はバクバクしている。
「ルビー、ルビー??」
情けないことに、俺の呼ぶ声も段々弱々しいものになる。
(やっぱ、戻ってセシアに頼んだ方がいいかも……)
そう思った時だった。
何処からか、エキゾチックで甘く官能的な香りが風に乗って漂ってきた。
それはとても危険な芳香で、性欲を催させる媚薬のように俺の体が熱を孕んでいく。
「探しているのは、このウサギのことか?」
しゃがみ込み、木々の間の草むらを探す俺の頭上から、頭に浸透する、性的魅力に溢れた声が降る。
(……え?)
その声が鼓膜に届くのと同時に俺の心臓が大きく鼓動し、意味不明なまま、
苦しいまでに胸が高鳴ってしまい、思わず声のする方へ顔を上げると、ヴェール越しに美丈夫な男の姿が映った。
しっかりとした骨格と鍛えられた逞しい体躯、そして完璧といっていいほど男性的に整っている美貌。
一瞬にして囚われたのは、深海を連想させる、限りなく深く濃い蒼色の双眼。
その虹彩は、まるで皆既日食のように、放射状に黄金のダイヤモンドリングが輝いているのだ。
初めて見るその美しい瞳に魅せられたように惹きつけられた俺は、その男から視線を外せられないでいる。
……じっと見つめ過ぎた所為だろうか。
表情を不可思議なものに変えた男が、再び尋ねる。
「違うのか……?」
そうたった一言、尋ねられただけなのに、
その声は身体の芯を甘く痺れさせ、そしてそのままダイレクトに俺の下半身を直撃する。
(な、何なんだよ、これ……)
頭の隅でそう呟きながら、なんとか視線を這わせれば、確かに男の腕の中にいるのは、探しているルビーだった。
「いえ。その、……ウ、サギです」
お礼を言おうと立ち上がり、その男の顔が近くなった途端、俺を淫欲に嗾ける、あの危険な香りが一気に強まる。