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2008年04月26日(土曜日)付

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北朝鮮とシリア―ぞっとする核拡散の闇

 昨年9月、シリアの砂漠にあった建物をイスラエル軍が空爆し、破壊した。その建物は何だったのか、シリアもイスラエルも詳しく語ろうとせず、米国も口をつぐんだ。

 この謎の事件について、米政府が衝撃的な発表をした。シリアが核兵器用のプルトニウムを作るため、北朝鮮の支援をうけて秘密裏に建設していた原子炉だった、というのだ。

 空爆された建物や、原子炉と見られる内部の写真まで公表された。北朝鮮の黒鉛減速炉とそっくりだ。北朝鮮とシリアの核開発担当の高官だという2人が肩を寄せて立つ写真もある。

 どうやってこんな写真を入手できたのか。スパイ小説を地でいくような離れ業に驚かされる。

 シリア側はさっそく否定した。北朝鮮もかねて、核技術や物質は輸出していないと強調してきた。

 だが示された資料を見る限り、両国の主張は信じられるものではない。米政府は「この型の炉は過去35年間、北朝鮮だけが建設している」などとして、北朝鮮の関与を強調した。

 北朝鮮は、パキスタンのカーン博士を中心とする「核の闇市場」ともつながりがあった。その北朝鮮から核技術が中東に流れる。弾道ミサイルの技術もひそかに取引される。

 今回の件が事実とすれば、核の拡散が世界にとって現実の脅威であることをまざまざと見せつけるものだ。

 イスラエルは半ば公然の核保有国であり、それに対抗して中東の国々が核を手にすれば、事態は制御不能に陥りかねない。イランは国連制裁を受けながらも、ウラン濃縮を進めている。

 核不拡散への国際社会の取り組みをいちだんと強めなければならない。

 空爆から7カ月もたって公表に踏み切った米国の真の狙いは分からない。イランへの牽制(けん・せい)との見方もあるが、北朝鮮に対する強烈な圧力であることは疑いない。

 北朝鮮の核開発問題をめぐる6者協議では、核計画の申告問題で米朝の接触が続いている。だが、シリアへの拡散疑惑を素通りするような申告では、とても受け入れられない。それは米国だけでなく、日本も含めて国際社会として当然の立場である。

 ただ同時に、こうした北朝鮮の核問題に出口を見いだすには、6者協議を通じての粘り強い交渉以外に手がないことも忘れてはなるまい。

 北朝鮮は、シリアとの関係はむろんのこと、ウラン濃縮についても国際社会が抱く疑念に答える義務がある。それを迫るためにも、米国は「テロ支援国家指定の解除」というカードを慎重に、しかし有効に使うべきだ。

 日本も、拉致や隣国の核武装という問題に加えて「拡散」の脅威にも真剣に向き合う必要がある。

高齢者医療―このままでは台無しだ

 75歳以上を対象にした後期高齢者医療制度をめぐって、不安や不満、怒りが収まる気配がない。あす投票の衆院山口2区補選でも大きな争点になっている。

 保険証が届かない。保険料を間違って徴収された。そうした事務的な問題は時間とともに改善されるだろう。

 事態が深刻なのは、「わずかな年金から、こんなに保険料を引かれるとは思わなかった」というような訴えがお年寄りから続出しているにもかかわらず、厚生労働省がきちんと対応したり、説得したりできないことだ。

 法律ができてから2年にもなるのに、野党ばかりか与党の議員まで「お年寄りに説明がつかない」と言い出している。制度そのものへの不信や不安が広がっているのだ。

 膨らむお年寄りの医療費をどう支え合うかという制度論ばかりが先行し、お年寄り一人ひとりの保険料の変わり具合について、政治家も官僚も目配りが欠けていたということだろう。

 お年寄りの多くはこれまでも市区町村の国民健康保険などで保険料を納めているので、新制度になっても負担はほとんど変わらない。厚労省はそう説明してきた。

 ところが、年金からの天引きが始まると、保険料がぐんと増えたという不満の声が次々に出てきた。ようやく生活費をひねり出している低所得のお年寄りにも、そうしたケースがある。

 新しい制度では、県単位で保険料が一本化されたうえに、市区町村独自の税金の投入がなくなった。お年寄りには所得に応じた負担を広く求めることになった。お年寄りの負担は総額で見れば、ほとんど変わらないが、人によって増減はさまざまだ。

 どんな所得層で負担が増えているのか。負担が増えた人と減った人はどちらが多いのか。そうした当然の疑問に対し、厚労省が「わからない」というのだから、驚く。これでは、保険料をたくさん払うことになった人たちが怒るのも無理はない。

 厚労省はただちに実態を調べて全体像をつかむべきだ。そのうえで、保険料が上がって困っている低所得の人たちがいるのであれば、仕組みを改めることも含めて必要な対策を講じなければならない。

 新しい高齢者医療制度は、従来の老人保健制度に比べ、現役世代とお年寄りがどれだけ負担し、税金がどれだけ使われているかが分かりやすくなった。世代間や世代内の負担の不公平もある程度是正された。

 だが、そんな意義や利点も、不信や不安を放置したままでは伝わらない。

 まずは、お年寄り一人ひとりの目線で負担の仕方や実態などを説明し、納得を得る。それをしなければ、せっかくの制度も立ちゆかない。

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