東京地検特捜部は、旧日本軍が中国に遺棄した毒ガス兵器の処理事業をめぐり、大手建設コンサルタント会社「パシフィックコンサルタンツインターナショナル」(PCI、東京)の元社長ら四人を、特別背任容疑で逮捕した。
旧日本軍は毒ガス兵器三十万―四十万発を、吉林省内に集中して遺棄したといわれる。一九九七年に発効した化学兵器禁止条約によって、日本に廃棄処理が義務付けられた。
調べによると、PCIなどの共同企業体(JV)は二〇〇〇年度以降、調査業務などを随意契約で受注した。〇四年には、PCIの持ち株会社が全額出資して「遺棄化学兵器処理機構」を設立し、その後は、同機構が発掘・回収など内閣府発注の業務を独占受注して、一部をJVに委託した。
四人はPCIが別の設計会社などにコンサルティング業務の一部を再委託する際に、持ち株会社の子会社を介在させる形をとって約一億二千万円を不正に支出させ、PCIに損害を与えた疑いが持たれている。
遺棄化学兵器は日中両国間の負の遺産であり、多くの被害者が出ている。迅速かつ確実に回収・処理することは日本の果たすべき責務である。日本の誠実な戦後処理によって日中の信頼関係が深まると期待されているだけに、食い物にしたとすれば、両国国民への裏切り行為であり言語道断だ。同事業をめぐっては、PCIが外注先の技術者の人件費を国から不正受給した疑いもある。
PCIに対する疑念は日中間にとどまらない。発展途上国への政府開発援助(ODA)に絡んでも、不正な経理が数多く指摘されている。それでも内閣府が随意契約を重ねてきたのはなぜか。特定の企業への依存が不透明さを招き、不正の温床となってきたといえよう。チェック体制も含め国の責任は重い。
さらにPCIの元幹部が特捜部の調べに対し、〇四年以降、ODA事業で便宜を図ってもらうため外国政府高官らへの工作資金を海外へ送金したと話しているともいう。不正の根は深く広がっているようだ。
日本にとってODAは海外貢献の大きな柱である。しかし、厳しい財政事情の中で、援助実績がかつての世界一位から〇七年には五位にまで下がってしまった。これ以上国民の不信感を募らせることになれば、ODAへの支持が薄れ、日本の援助離れが進みかねない。国際的な評価も低下しよう。利権の構図や資金の使途など徹底した捜査による事件の全容解明が重要だ。
百七人の死者と五百六十二人の重軽傷者を出した尼崎JR脱線事故から、二十五日で三年を迎えた。今も後遺症に苦しんでいる人は多く、遺族の心の傷も癒えることはない。
国土交通省航空・鉄道事故調査委員会は昨年六月の事故最終報告書で、直前の駅でオーバーランした運転士が懲罰的な日勤教育を恐れ、車掌の無線連絡に気を取られてブレーキ操作が遅れたことが原因とした。その上で、背景に運転士を心理的に追い込んだ厳しい管理体制があると指摘した。
JR西は、本年度から五年間の「安全基本計画」をスタートさせた。事故の危険性を事前に分析・評価して管理する「リスクアセスメント」の実施が柱である。事故の予兆を示すトラブルなどの報告が、現場からきちんと上がってくるかどうかがポイントになる。問われるのはやはり企業体質であり、現場を締め付けてきた社風の改善が進まなければ安全計画は絵に描いたもちに終わろう。
山崎正夫社長は今月上旬に行われた安全計画の遺族説明会であらためて謝罪し、企業体質についての反省を語った。JR西は、安全計画やハード面の安全策に魂を吹き込むのは意識面の改革であることをいま一度肝に銘じ、安全最優先の企業風土構築と信頼回復へ地道な努力を続けなければならない。
遺族への補償交渉も進んでいない。亡くなった乗客百六人の遺族を対象にした共同通信社の今春のアンケートでは、回答した遺族の八割が合意していないと答え、うち七割以上が交渉さえしていない。六割近くが事故の捜査を続ける兵庫県警に当時の社長ら役員の立件を求めていることも分かった。JR西は、遺族らの厳しい見方が続いていることを忘れてはなるまい。
(2008年4月25日掲載)