キーン・・・コーン・・・カーン・・・コーン・・・
(ん・・・もう授業終わったのか・・・?)
だんだん耳に近付いてくるチャイムの音からして、どうやら僕は睡魔に襲われていたよ
うだ。
「はい、今週の授業はこれでおしまい。じゃあね」
寝ぼけ眼で教壇の方へと目をやり、あくびをする先生の顔を見つめながら涙で一杯の目
をこすった。
教室の扉が開き、先生の足音を耳でおくりながら僕は目を閉じて大きく背伸びをする。
気持ちいい眠りから目覚めて、この背伸びをする瞬間が僕にとっては最高の一時だ。
まるで体中にエネルギーを注入されたかのように身体全身に血液が巡ってゆく・・・
「ふうぁ〜・・・・」
全身に血液が巡ってゆくのを感じながら僕は目を開けた。
「やあ、見晴。エネルギーチャージ終わった?」
「ゲッ・・・!うっ・・・空洞(うつほ)っ・・・!」
目の前には僕の悪友の空洞の姿が・・・
一応、紹介しとくか・・・
僕の名前は雪原見晴(ゆきはら みはる)。
雪という苗字がついているが、この苗字は沖縄出身の父の名前から来たものだ。
ふざけた苗字だな・・・
あまりルックスには自身が無く、体格が良いと言う訳でもなく、見るからに不健
康そうな細い体で、こんな身体に寧ろ嫌気を催す。
身長が平均並だが、力は俺よりも身長の低い男子よりも弱いというお墨付きの情けなさだ。
こいつの名前は梓芳院空洞(しほういんうつほ)。
俺と少し茶色味がかった黒髪を靡かせ、青みがかった黒い瞳はルックスの地味な俺にと
っては憧れの理想の身体だ。体格は俺なんかとは月とスッポンだ。
華奢な体型ながら、筋肉のある程度付いたその身体は、健全で健康な17歳の男子そ
のものだ。
スコットランド系カナダ人の父親と日本人の母親とのハーフだ。
父親はカナダのクールな超イケ面の元俳優で、その経歴を利用して日本の芸能界で活躍
する「ショーン・梓芳院」
母親は日本人なら知らない人はいないあの名女優「梓芳院美里」
父親と母親の両方の長所だけを受け継いだかのような美しい白と黄の
織り成す芸術のような美しい顔立ちをしているため、学校中の女子の間ではファン倶楽部まで
創立される程だ。
「なあ、見晴〜。今日、時間空いてないか?」
普通の女子なら空洞のこんな誘いかけられたらイチコロなんだろうな・・・。
俺のようにあまり友達の少ない暗いヤツとなんで空洞みたいに明るいヤツがこうして友
達になったのか俺自身、聞きたいところだ。
ただし、俺はこんな空洞の誘いをいつも払いのける。
理由は多分、分かるだろう。
「おい、お前今日は3組の能登さんとデートの約束してんだろう?」
「ああ、あれか?あの約束ならすっぽかす事に決めた」
「はァ?お前、先週もこの日に5組の青木さんとのデートを取り付けておいて、
つい3日前に断ったばかりじゃねえか!」
「あれは青木さんの方が断ってきたんだよ〜、用事が入ったからもういいって」
青木さんが断ってきた理由は俺にはよく分かる。
この学校ではこの空洞を巡ってファン倶楽部との間で争いが起き、その争いに下手
に空洞に近付こうとする女子がいたなら倶楽部間での争いに巻き込まれ、酷い陰湿な
苛めにあう・・・
「能登さん、俺の好みじゃないんだ〜。外見はいいけど胸と性格がねえ・・・」
「お前、好みじゃないってな〜・・・もうちょっと良い断り方があるだろう」
「・・・あのねえ、見晴。能登さんが悪女だってことお前も知ってるだろう?」
能登さんといえば空洞の追っかけファンということで誰もが知っている人だ。
空洞とデートをするためなら、どんな手段も厭わないことで有名だ。
父親が議員であるために色々とコネがあり、母親の方も教育委員会の委員長という事も
あってか、その力を行使する事に快感を覚えていたのかもしれない。
確かに僕は能登さんのそういう手段にはウンザリしていた。
周りの女子も彼女のことをいい目では見ていなかったし、能登さんに苛め
られた女の子の末路は酷いものだった。
しかし、僕が許せないのは・・・・
「空洞・・・何でいっつもいっつもお前は女をもてあそぶんだ?空洞」
「別にもてあそんでないよ〜。向こうが勝手に近付いてくるだけなんじゃないか〜」
ニヤニヤしながら言い放つ空洞に必死に怒りをこらえる。
「能登さんってさあ、僕とデートするために周りの女子にいっつもいっつも酷いことば
かりするからさ〜、少しお灸をすえてやろうかなって思ってさ。ちょっと懲らしめてや
ったんだよ。あんな子のために時間を使うより、お前とゲーセンで遊んでた方が時間を
有効に使えるって思ってさ」
空洞の一言が僕の胸にまるで槍のように突き刺さる。
「・・・もういい」
そう言うと僕は席を立とうとする。
何故か今日ばかりはこの空洞の言葉に耐え切れなくなってしまった。
そんな俺に空洞の言葉が胸に突き刺さる。
「見晴、いい子ぶんなよ。」
その声にはあのニヤついた感情はなかった。
空洞とは小学校からの付き合いだが、空洞を怒らせたことが本能に刻まれる程トラウマ
になってしまった俺の背筋が凍るのは当然のことだ。
「いっつもお前ってさ、ロクに女と付き合ったことも無いくせに女の子と俺よか知って
るみたいな態度とってさ、ムカつくんだよ。」
その口調には先ほどのチャラついた美少年のような口調は何処にもない。
「何、おまえ?フェミストぶってる訳?調子にのんのもいい加減にしろよ。お前さ、お
前の部屋に沢山のオカズ隠してんだろ?
いっつもいっつもそれで抜いてんだろ?
それ
だって女をもてあそんでるってことにならねえのか?」
空洞の怒りの言葉に僕は・・・
パシッ!
最低な手段をとってしまった・・・
「・・・・・・・・・・・・・・」
僕の平手は空洞の頬を叩き、空洞の頬は一瞬で真赤にそまってしまった。
周りの視線を一斉に受け、自分自身の犯した最低の手段に後悔と怒りを覚えた。
ハハ・・・まるで見苦しい謝罪文みたいだな・・・
顔を下に向け、空洞へとその背中を向け、重い足取りで教室を出る。
反撃を喰らっても文句はいえないだろう。
何時、僕の延髄に空洞の強烈なパンチの一撃が飛び込んできてもおかしくない。
周りの僕を見つめるその視線はまさに俺が空洞にしたことに対する行為への怒りの眼差
しで一杯だった。
無理も無い。芸能人の子だ。学校のアイドルだ。
俺のような居ても居なくても同じなような人間とは違う。
そんな俺が学校のアイドルに手を掛けたのだから、仕方が無い。
暴力・・・相手の言葉に返す言葉がなくなった連中がする最低の行為だ。
父さんがそうやって母さんにいっつも言葉で反撃された時に使ってた最低の手段・・・
絶対、そんなことだけはしないと誓っていたのに・・・
結局、重い足取りで教室を出る俺に、空洞の一撃はとんでこなかった。
ああ、思えばあの日が全ての始まりだったんだ・・・
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