TOP HOME 小説 同人誌 砂月書店 Link 掲示板 mail
―2―
僕はそのまま自宅にしている文芸部の部室へと帰った。
文芸部を僕が自宅にしているのには理由がある。
文芸部が廃部になっていること。
文芸部は去年まで3年生が部長を勤め、その当時1年だった僕を含めてたった3名で活
動していた。
3年生が大学進学と同時に文芸部は僕と新たに入ってきた後輩達だけで活動を続ける事となった。
自動的に部長は僕になった訳だが、こんな僕に部長の素質がある訳が無い。
全倶楽部の部長並びに幹部達が代表として所属する「幹部会」で、毎年「廃部決定
軍」を決定する会議があるのだが、あっという間に文芸部はその「廃部」の対象とな
り、生徒会からの援助も滞り、入ってきた後輩も他の倶楽部に流れ込み始め、文芸部は
実質的な崩壊を迎えた。
崩壊した文芸部の部室の使用を学校中で応募したが誰も名乗り出ず、部室の取り壊しま
で決定された程だった。

暴力的な父さんから僕を逃がすため、祖母は高校時代の大親友であるこの学校の校長先
生の伝を頼って、夜逃げ同然に僕をこの私立学校のあるこの街へと転校させたのだ。
その際に校長先生の自宅で生活させてもらっていたのだが、先生にこれ以上迷惑を掛け
るわけにもいかず、廃部となって空き部屋となっていた部室に、住み込むことに決めた
のだ。
僕が生活するに当たって部室は人1人が生活できるくらいの設備を兼ね備えた部屋に
改装され、中には保健室のベッド1台の就寝スペースや、台所や冷蔵庫、お風呂が作
られた。
俺はそこで生活している。
・・・・・・説明はこんな程度でいいだろう。

僕は部屋に入ると台所の戸棚からお茶っ葉とヤカンを取り出し、お茶を沸かす。
今日、やったところを確認する気力もなく、色あせた茶色のソファーに腰を掛け、膝に
肘をついて座った。

(空洞・・・すまない・・・。)

僕の心の中は後悔の念で一杯だった。ああ、何てことをしてしまったんだ。
よくよく考えてみたら空洞も好きであんなに女を囲っている訳じゃないんだ。
あいつもあいつなりに悩んでいるんだ。それなのに、僕は・・・
だが、こう僕が後悔したとしても状況は変わらない。僕は最低な男だ。
今もこうして必死に後悔している自分に酔いしれてる。何がフェミストだ。
結局、この世で一番好きなのは自分なんだ。
女に酔いしれてる自分に酔ってるだけなんだ・・・

暫く薬缶の金属を火であぶる音が沈黙する部屋に静かになり響く。
その音が僕の心の中の声をますます大きくしていった。

・・・・・・・・・どれくらいの時間がたっただろうか・・・
その長くも短い沈黙の空気はドアのノックの音でかき消された。
このノックの音が僕の毎日の至福のひと時の始まりの音だ。

「どうぞ。」
少しばかり元気の出た声を出して訪問者を中に招き入れる。

「こんにちはぁ〜、雪原君〜」
「砂月さんか・・・さあ、入って。」

ショートヘアに、クリっとした大きな優しい眼をしたこの女の子・・・
僕にこの時をもたらしてくれるこの子は「砂月花斗(すなつきはなと)」という。
花斗さんは僕の元後輩で、文芸部が崩壊した後でも毎日毎日部室を訪れては小説を書き
に来てくれている。
多くの後輩が文芸部を離れてゆく中、彼女だけが文芸部にとどまり、今もこうして倶楽
部の活動を続けている。

何故か花斗さんは僕のことを先輩とは呼ばず、"君"付けで呼ぶのだ。
僕の勝手な思い込みかもしれないが、舐められている訳でもないし、むしろ花斗さん
が余所余所しい態度で接してこないのが僕にとっては嬉しいことなので、ずっと入部
以来これで通している。それなのに僕は花斗さんには余所余所しい態度で接してしまう。
下手に馴れ馴れしくして気持ち悪がられて、この時をもう二度と味わえなくなる
かもしれないと思うとつい、話し辛くていつも会話は殆ど毎日これと別れの挨拶だけで
終わってしまう。

いつもの会話を終えると花斗さんは原稿とメモ帳を取り出し、万年筆で小説を書きき始
めた。
小説を書いている時の花斗の瞳はきらきらと輝いている。
まるで夢をいつまでも忘れない子供のように眼を輝かせて小説を描き続ける花斗さん。
僕はこんな花斗の瞳を見ると自分の存在のちっぽけさに酔いしれる。
花斗さんの大きさに心を潤し、ソファーに大きくもたれ掛かり、眼を閉じてほっと息を
漏らす。(気持ちいい・・・)
眼の向こうに花斗さんの存在を感じ、いつものように深呼吸をする。
この時間のために生きてると言っても過言じゃない。
だが、

"ピイイイイイイイイイイイイイイイイイ!"

この時間を邪魔するかのようにお茶の沸騰した音が鳴り響く。

「あ!いけね!お茶沸かしてたんだった!」
大急ぎで薬缶のもとへと駆け寄る。

小説に集中していた花斗さんも集中力が切れてしまったのか、ついこちらに見入る。

ふと振り返り、花斗さんと眼が合う。

・・・・ドキ!

まずい・・・いつもはこんなことはないんだが・・・
こんな時、どうすればいいんだ?

優柔不断な僕もこの時ばかりは何故か脊髄反射的に言葉が出た。

「ああ・・・ゴメンね、砂月さん。執筆の邪魔して・・・。」

花斗の執筆を邪魔してしまったことに罪悪感を覚え、謝罪の言葉が出る。
「も〜う、そんなに気にしなくていいじゃない〜。雪原君〜。」

花斗さんは僕の顔を見ると、二コリと笑って許してくれた。
その笑顔に顔を赤くしてしまう。

「そっ・・・そうだ、は・・・砂月さん。ちょっとお茶飲む?」
必死に赤くなった顔を誤魔化すために話を持っていく・・・

「よし、飲もうっ」

俺を気遣ってくれたのか、花斗さんはニッコリとした顔で執筆していたペンを置いて、
こちらを向いて僕の汲んだお茶を飲んでくれた。
何だか気遣わせて悪いな・・・

「・・・何だか執筆の邪魔しちゃってゴメンね・・・。」
「ううん、全然いいよっ」
花斗さんはいっつもいっつもこんな情けない先輩の俺を気遣ってくれる。
いっつもいっつも本当に情けない・・・
落ち込む僕の顔を見て花斗さんは話しかけてきてくれた。

「雪原君、そんなに謝らなくてもいいよ。いっつもいっつも雪原君の部屋にお邪魔して
小説書かせて貰ってるんだから私に気を遣わなくてもいいよ。」
「いいや、そんなことないよ。ここは僕が我侭言って勝手に住み着いてるだけなんだし。」

全く、花斗さんは何で僕なんかに気を遣ってくれるんだろう・・・
花斗さんの気遣いに耐えられず、目線を下へとそらし、熱い茶をゆっくりと口に運ぶ。

「ここに住んでどれぐらいになるの?」

いきなり、花斗さんに話しかけられて僕は少し焦ってしまった。
熱い茶を飲み込み、食道を火傷しそうになりながらも何とか耐え切り、口を開く。

「う〜んっと・・・2ヶ月ぐらいになるかな・・・」
「へ〜、意外と短いんだねぇ・・・。雪原君ってここに住む前に何処に住んでたの?」
「え〜っと・・・校長先生の家に住んでたんだ。」
「え〜!あの校長先生の家ぇー?!なんでー?」
「・・・実は、校長先生とお祖母ちゃんが高校時代の大親友でさ・・・世話になってた
んだ。今も世話になっちゃってるけど・・・」

・・・あれ? なんで僕、こんなに花斗さんと会話してるんだろ?

「へえ〜・・・色々と事情あるんだねえ・・・。」

花斗さんも僕の事情もあってか、あまり僕の家庭の事情についてもそれ以上は探ってこ
ない。
本当に話をするのが上手い人だ。しばしの沈黙がこの場を支配する・・・

「ふぁぁ〜・・・何だか・・・眠い・・・」

沈黙を切ったのは花斗さんだった。
今日の暖かい天気とお茶の温かさのせいだろうか・・
眼を閉じて背伸びをするその姿は本当に可愛い。

「眠いのかい?」
「うん、そうみたい・・・。もう帰った方がいいみたい。」

カバンを整理しはじめる花斗さんに焦りを覚える。
もしかして、嫌われてしまったのか?
話を湿気させた僕にうんざりしてしまったのか?

「花斗さん。」

口が勝手に動いていた。

「眠いんだったらそこにベッドがあるから、少し眠ったらどう?」

口が放った言葉にいやらしい下心を感じてしまった。
男一人の部屋に女の子を寝かす・・・
・・・下心、丸出しじゃないか!!  馬鹿!
祖母がよく言っていたことだが、「口の行き過ぎは後戻りでけんえ。」
まさにその言葉の言うとおりだ。
・・・しまった・・・何てことだ・・・

「雪原君悪いよー、そんな〜」

欠伸をしながら眠気で滲む涙をこすり、花斗さんはこちらを向く。

「あっ・・・ゴメン。」

下心読まれちゃったのか・・・そうだよな〜

「私のニオイとかついちゃうし〜それじゃあ、雪原君に悪いよ〜」

あれ? 違う? 
花斗さんの口から飛び出してきた言葉は、僕の想像とはかけ離れたものだった。

「いっ・・・いいよ!全然気にしなくて! あっ、今まで言ってなかったけど、仮眠室
としてあそこ使っていいから!」

花斗さんと一緒にいる時間を少しでも長くしたくて、僕は必死に花斗さんを引き止める。

「むしろ、僕のニオイとかついちゃってるけど・・・」

・・・しまった・・・
これじゃあ、僕のニオイを嗅いで下さいっていってるようなもんじゃないか!
馬鹿!確実に引かれるな・・・これは・・・

「え〜、いいの〜?ありがとう。ニオイなんて・・・全然いいよっ。私のニオイがつい
ちゃったらゴメンね。ベッドってどこにあるの?」

・・・ほっ、本当にいい子だよ〜花斗さんは!

「え〜と・・・ベッドはあそこの仕切りにあるよ。」
僕が花斗さんの傍について付き添って案内すると、カバンを下ろして花斗さんはベッド
のある仕切りの方へと眠そうに歩いていった。

「ここがベッドだよ。枕とか合わなかったらゴメンね。」
「ううん、迷惑かけてごめんねっ。んじゃ、少しねるね〜・・・」

ベッドに横たわると花斗さんはそのまま眼を閉じてすやすやと眠った。

(・・・・・・・・・・・かっ・・・・・・・・・かわいいっ・・・)

ベッドの上で赤ん坊のようにすやすやと横たわる花斗さんの寝顔は今まで僕が見てきた
花斗さんの顔の中でも一番美しくて、かわいい顔だ。

←戻る  :  次へ→