■出産、子育ての悩み浮き彫り
熊本市の慈恵病院が、生まれたばかりの新生児を預かる赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)を設置して、間もなく1年を迎える。「追いつめられた母親と、赤ちゃんの命を助ける」「育児放棄を助長する」と賛否を起こした赤ちゃんポスト。その後を報告する。(村島有紀)
昨年5月10日に、病院が想定していない“大きな”子供が預けられたのをはじめ、月に1人以上のペースで、赤ちゃんポストの利用がある。今年3月には生後2週間以内の男児3人、女児1人が預けられ、うち1人に障害があったという。
「ゆりかごは、どうしても預けざるをえない人のための象徴的存在。一度も利用がないのが理想」としていた病院関係者の期待を裏切り、11カ月間で預けられた子供は16人に及ぶとみられる。熊本県の捨て子事例は一昨年まで、年に1件か2件程度だった。熊本市と熊本県は共同で有識者による赤ちゃんポストの検証会議を開催する。だが、赤ちゃんポストが“匿名性”を特徴とするシステムのため、背景の検証は難しい。
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慈恵病院の蓮田太二理事長は「ポスト設置の目的は、相談してもらうこと。預けられた数ばかりが報道されていますが、それよりも増えているのは全国からの相談です」と、ポストの意義を強調する。
慈恵病院によると、赤ちゃんポスト設置が報道された一昨年12月から昨年12月までの約1年間に、同病院が設置した24時間対応の電話相談「SOS赤ちゃんとお母さんの相談窓口」に、427件の相談があった。うち、「陣痛が始まった」などの深刻な相談は188件。同病院の手配で出産に至り、迷いはあったが、自分で育てることにした人が24人、特別養子を希望した人が24人いた。
相談のうち7割が県外からだ。大阪府内から電話をしてきた女性は、出産期が迫っていたため、東京のボランティアに連絡。府内では受け入れ病院が見つからないため、新幹線で東京都内の病院に運んだという。
蓮田理事長は「病院の相談機能については、熊本市も熊本県も高く評価してくれているはず。はたして、ゆりかごは一つでいいのでしょうか」と問いかける。田尻由貴子看護部長も「ひとつの病院では限界がある。全国で協力者を増やしたい」と話す。
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ドイツの赤ちゃんポストに詳しい阪本恭子・ノートルダム清心女子大学講師(生命倫理学)は「赤ちゃんポストは『子供を捨ててしまおう』という水面下の意識を発掘してしまった面もあるかもしれない。でも利用者がいるということは、それだけ子育てに困り、子供たちにとっては生き延びる機会が与えられたということ。病院と市は子供の個人情報を守りながら情報を公開し、中絶や出産、育児、養子制度に伴うさまざまな問題を精査する機会を(社会に)与えてほしい」と話す。
赤ちゃんポストの設置後も、各地で捨て子の報道が相次ぐ。厚生労働省虐待防止室によると、平成12年度に児童相談所に入所した棄児(捨て子)は、196人。現在でも同数程度いるとみられるが、13年度以降「数が少ない」ことを理由に、捨て子は「虐待による入所」に組み込まれたため、統計はない。
一方、警察庁の犯罪統計によると、1歳未満の赤ちゃんを殺害する嬰児(えいじ)殺人の認知件数は昨年22件で、前年と変わらない。うち出産直後の殺害は前年より2件多い10件。また文部科学省の学校基本調査によると、1年以上、居場所のわからない小学児童・中学生徒は昨年度の統計で395人。就学時期になっても居場所がわからない児童は毎年、相当数いるとみられる。
熊本市は「赤ちゃんポストは熊本だけの問題ではない。国全体の問題として考えてほしい」と、国に協力を要望するが、厚労省家庭福祉課は「赤ちゃんポストに預けられた子供の数が多いか、少ないか、個々人によって感じ方が違う。熊本県と熊本市の検証結果を待ちたい」と話すにとどまった。
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