江戸気風は“育てる”もの
先月の歌舞伎座では、片岡孝太郎さんのお嬢吉三、市川染五郎さんのお坊吉三とともに和尚吉三をお勤めになった尾上松緑さん。『三人吉三』の大川端(※1)は、歌舞伎の中ではおなじみの名作。松緑さんの和尚吉三が舞台に登場して三人が揃うと、場内は江戸の空気に満たされました。
「和尚は男っぽくて好きな役のひとつです。黙阿弥の中では南郷(※2)と同じように好きな役なので気分よく演らせていただきました。大川端の場は、最後に和尚が出てきてビシっと止めないと気分よく終われない芝居でしょ。しかも先月は歌舞伎座の顔見世で最後に出てくる役者が僕ですから、観に来てくださったお客様が『今日の芝居は楽しかった』と感じてくださるよう意識して勤めさせていただきました」
錦絵のように役者が揃い切れのある七五調のせりふが行き交う『三人吉三』は、江戸の粋がにじみ出る演目。特に松緑さん演じる和尚吉三は、所作や台詞全てから爽やかな江戸気風が匂いたちます。
「江戸後期の作品ですし、和尚という役には黙阿弥物の粋が詰まっている気がします。僕は南郷を演じる時も和尚を意識するのですが、台詞が大事。早口になってはいけないけれど、意識的に息を詰めて一語一語ことばを立てるようにしています」
─ 歌舞伎俳優にとって『三人吉三』は幼い頃から何度も観ている定番中の定番。演じるに当たって楽しさと難しさが同居しているのでは?
「もちろんです。父(※3)も祖父(※4)も演じていますし、父以外のいろいろな方の和尚も観ていますが、僕は父の和尚をベースにしています。それが一番男っぽくて好きなんです。台詞も意識していますね」
─ お嬢とお坊のいさかいを諌めながら半纏を畳む動作ひとつ拝見しても、江戸の情景が広がるように感じます
「江戸の生世話物では特に“型を学ぶ”のと同じく“自然な所作に慣れる”のも重要だと思います。僕たちは普段から自分の羽織を畳みますし、煙管もそう。自宅の部屋には煙管がありますしね」
─ 普段から煙管で吸われるんですか?
「いえいえ(笑)。もう禁煙しましたし(笑)。触って慣れるためです。煙管を吸う役を勤める月は、家でテレビを観たりしながら煙管に草をつめたり、常に触っていますね。無意識にできるようになってこそ、初めて自分の動きになってくる。気風っていうのは育てるものなんでしょうね」
21世紀の日本にいながら、切れ味のよい台詞と所作で観るものを江戸に誘ってくださる松緑さんの舞台。江戸気風を育てるのもライフスタイルだとさらりとおっしゃいますが、それは歌舞伎俳優として生まれ、生きていく覚悟、なにより歌舞伎を愛する心が創り上げているのではないでしょうか。
「プライベートで友達とお祭りに行く時も、必ず浴衣を着ますよ。そうすると『お洒落だね』って言われますけど、僕らにとっては普段着ですからね(笑)。舞台もそうです。江戸時代のお芝居だから、古典だから特殊だと思うんじゃなくて、日本人に脈々と流れる気風を感じていただけたらいいですね」