中国の空気が2005年の反日デモ当時に似てきた。チベット暴動と聖火リレー妨害をきっかけに、殺気立った排外主義の感情がふくらんでいる。
中国のネット右翼はフランス資本のスーパー「カルフール」を攻撃目標に選んだ。中国全土の支店が同じ日にデモ隊から一斉攻撃を受けた。黄巾(こうきん)の乱や太平天国も顔負けの組織力だ。
北京駐在の欧米特派員は「死ねメール」の攻撃で不安だという。ネット右翼の牙は中国人にも向かう。
米国ノースカロライナのデューク大学に王千源さんという女子学生がいる。中国山東省の高校を出て留学にきた1年生だ。今月初め、図書館の前で「雪山獅子旗」を持ったチベット独立支持グループと、中国人の留学生グループが怒鳴り合っているのを見かけた。王さんはチベット独立支持ではないが、友人にはチベットの留学生もいる。よく話し合うべきだと思って、双方のリーダーのところに行き、対話を提案した。両方から拒否された。
間もなくユーチューブに、王さんがチベット支持グループと話をしているビデオ映像が投稿された。中国人による魔女狩りが始まった。
王さんはチベット独立を支持する売国奴だとされた。ネット上に、王さんの電子メールのあて先、携帯の電話番号から実家の住所や父母の名前まで、個人情報が徹底的にさらされた。奨学金の額や希望の進学先まで書いてある。中国から汚い言葉を並べた攻撃メールが山のように送られてきた。
実家も被害を受けた。窓ガラスが割られ壁に落書きされた。身の危険を感じ父母は姿を隠した。母校の高校では批判大会が開かれ、王さんの卒業資格をはく奪したという。ワシントン・ポストに掲載された王さんの投書に米国人は衝撃を受けた。中国は紅衛兵時代に戻ったのか。
人民日報が「理性的対応」を訴えている。だが、テレビキャスターの白岩松氏は「カルフールで働いているのは中国人、商品は中国製だ」と主張して売国奴攻撃の標的になった。「南都周刊」の副編集長は「メディアでチベット問題を自由に論じたら」と提案して大売国奴とされた。
中国人の言論の自由を封じているのは共産党だけではない。人民の、人民による言論封殺もあるのだ。
反日デモでは、反日団体がジャスコやイトーヨーカ堂を攻撃した。きっと長野で事あれかしと出番を待っている。要注意だ。(専門編集委員)
毎日新聞 2008年4月24日 東京夕刊
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