猛毒ガス階下襲う 硫化水素自殺、住民は避難先で一夜2008年04月24日13時03分 夕食時のだんらんを猛毒のガスが襲った。23日夜、高知県香南市の市営住宅で起きた硫化水素自殺が原因とみられる異臭騒ぎ。約70人がのどの痛みや嘔吐(おうと)を訴えるなどして病院で診察を受け、被害は前例のない規模に広がった。突然の恐怖に見舞われた人々は体調に不安を感じながら、避難先で一夜を過ごした。
現場の部屋の階下に住む会社員男性(53)は午後8時ごろ、テレビを見ていて赤色灯に気付いた。「火も煙も見えないのに何で、と思っていたら、消防隊員が家に来て退避しろと言われ、着のみ着のままで逃げました」と戸惑いを隠さない。妻(58)がのどの痛みを訴えて入院。自分ものどの調子が悪く、病院で診察を受けた。「テレビの世界のことと思っていたが、今も何が起きたかピンとこない」 現場と同じ階に住む主婦(43)は、テレビを見ていたら硫黄のような強烈なにおいを感じた。「部屋を閉め切っていたのに、とにかくすごいにおいだった」。長女が亡くなった女子中学生と同級生で、「ごく普通の子だった。こんなことになるなんて」と動揺した様子だった。 同じ棟の4階に住む会社員男性(47)は、窓を開けた際に異臭を感じた。警察の指示で妻(31)と子ども4人を連れてマイカーで避難したが、妻が「気分が悪い」と訴えて嘔吐。病院で点滴などの処置を受けた。「まさか、自分たちのすぐ近くで起きるとは……」と驚いていた。 2階に住む女性(46)は部屋の中で異臭を感じた。「プロパンガスかね」と家族で話していると、避難を呼びかける拡声機の声が聞こえ、慌てて逃げた。 通報を受けて最初に現場に到着した消防隊員によると、市営住宅の入り口で硫化水素特有の「卵の腐ったような」においがしたという。すぐに消防本部に連絡、避難勧告を出すよう求めた。 避難先の体育館では、消防署員らが治療の優先順位を決める「トリアージ」を約150人に対して実施した。このうち、「のどが痛い」「気分が悪い」など具体的な体の不調を訴えたのは、15人程度だったという。 南側の棟に住む妊娠4カ月の女性(22)は避難の知らせに気づかなかった。家族3人で一夜を明かしてしまい、朝になって周囲の異常に気づいて避難所に駆け込んだ。「昨夜は午前0時から1時ごろにかけて、変なにおいがしていた。おなかの子に影響があるのではと思ったけど、『毒素は体に蓄積しない』と説明を受けた」と安心した表情。 のどの痛みを感じて家族4人で近くの病院に行った男性(30)は、そのまま病院で一夜を明かした。「とにかく疲れた。全然眠れなかった」とぐったりしていた。 硫化水素を使った自殺では、家族や周囲が助けようとして巻き込まれる例が後を絶たないが、これほど多数の住民が被害を訴えたのは極めて異例。地元消防本部は、避難の際に市営住宅の住人が狭い範囲に集まり、有毒ガスを吸ったのが一因とみている。 高知県警などによると、現場の市営住宅は2棟が約20メートル離れて建っており、23日夜は小雨が降って弱い北風が吹いていたという。 取材に応じた住人の大半は、室内ではわずかに異臭を感じた程度だったと証言した。その後、救急車やパトカーが駆けつけ、現場に近い1階付近に多くの住民が集まった。間もなく近くの体育館に避難したが、その際、「気分が悪い」と訴える人が相次いだという。 高濃度の硫化水素は数回吸っただけで、失神して死亡するほど毒性が強いとされる。現場の浴室に換気扇はなく、ドアと窓を閉めれば密閉状態になるといい、ドアを開けたことで空気より比重が重い硫化水素が下へ流れ出した可能性がある。香南市消防本部の山崎良満次長は「現場の下に人が集まってしまい、多くの人が硫化水素を吸ったのではないか」とみる。 現場には「毒ガス発生中」と注意を促す張り紙があった。硫化水素自殺の方法を紹介するインターネット掲示板には、こうした張り紙をすることが二次被害防止のための「マナー」と記されており、過去の同種自殺でも同じ趣旨の紙が張られるケースが目立つ。毒物に詳しい吉田武美・昭和大教授は「張り紙を見つけても一般人は近づいてはならない。助けようとして人工呼吸などをしたら、たちまち被害を被る。防護マスクなど装備の整った救急隊員に任せるしかない」と話している。 PR情報社会
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