医療現場を疲弊させる問題の根底には、社会システム間の合理性の衝突がある。司法、経済、医療などの社会システムはそれぞれ、内向きのシステムとして発展している。 システム間の問題を考えるには、ニクラス・ルーマンによる規範的予期類型(法、政治、道徳、メディアなど)と認知的予期類型(経済、学術、テクノロジー、医療など)の分類が有益である。認知的予期類型は、国家横断的な部分世界を形成し、内部で合理性を創り、それを日々更新している。 ルーマンによると、規範的予期は、道徳を掲げて徳目を定め、内的確信・制裁手段・合意によって支えられる。違背に対し、あらかじめ持っている規範にあわせて相手を変えようとする。違背にあって学習しない。 これに対し、認知的予期類型では知識・技術が増大し続ける。違背に対して学習し、自らを変えようとする。ルーマンは、世界社会では規範的予期が後退するのに対して、適応的で学習の用意がある認知的予期が断然優位を占めるとする。たとえば国際政治では、「現実の承認」がいまや道徳的な論拠にまでなっている。 グンター・トイブナーは、世界で、国家間の紛争より、社会システム間の合理性の争いが重要になったとしている。ブラジルにおける特許を無視したエイズ治療薬の製造販売では、経済システムと保健システムの合理性が対立し、最終的に保健の合理性が優先された。トイブナーは、法がシステム間の合理性の衝突を解決できるような規範を提供することは不可能であるとし、解決を相互観察による共存に求めた。 日本では、司法システムそのものと医療、あるいは航空運輸といった別の社会システムとの間に大きな齟齬がある。これは、規範的予期と認知的予期の原理的対立として捉えられる。この対立の歴史は古く、地動説に対する宗教裁判がこれを象徴する。
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