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論 点 「医療の何が危機なのか」 2008年版
医療紛争を司法の論理で解決するなら、患者との摩擦で現場は疲弊する
[医療危機についての基礎知識] >>>

こまつ・ひでき
小松秀樹 (虎の門病院泌尿器科部長)
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▼対論あり

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司法と医療ではシステムの合理性に齟齬がある
 医療現場を疲弊させる問題の根底には、社会システム間の合理性の衝突がある。司法、経済、医療などの社会システムはそれぞれ、内向きのシステムとして発展している。
 システム間の問題を考えるには、ニクラス・ルーマンによる規範的予期類型(法、政治、道徳、メディアなど)と認知的予期類型(経済、学術、テクノロジー、医療など)の分類が有益である。認知的予期類型は、国家横断的な部分世界を形成し、内部で合理性を創り、それを日々更新している。
 ルーマンによると、規範的予期は、道徳を掲げて徳目を定め、内的確信・制裁手段・合意によって支えられる。違背に対し、あらかじめ持っている規範にあわせて相手を変えようとする。違背にあって学習しない。
 これに対し、認知的予期類型では知識・技術が増大し続ける。違背に対して学習し、自らを変えようとする。ルーマンは、世界社会では規範的予期が後退するのに対して、適応的で学習の用意がある認知的予期が断然優位を占めるとする。たとえば国際政治では、「現実の承認」がいまや道徳的な論拠にまでなっている。
 グンター・トイブナーは、世界で、国家間の紛争より、社会システム間の合理性の争いが重要になったとしている。ブラジルにおける特許を無視したエイズ治療薬の製造販売では、経済システムと保健システムの合理性が対立し、最終的に保健の合理性が優先された。トイブナーは、法がシステム間の合理性の衝突を解決できるような規範を提供することは不可能であるとし、解決を相互観察による共存に求めた。
 日本では、司法システムそのものと医療、あるいは航空運輸といった別の社会システムとの間に大きな齟齬がある。これは、規範的予期と認知的予期の原理的対立として捉えられる。この対立の歴史は古く、地動説に対する宗教裁判がこれを象徴する。


医療崩壊を招く新たなリスクとは
・医療事故調査委員会……医師の一部は、業務上過失致死傷罪を嫌うあまり、医療事故調の設立を機に、医療への適用を止めるよう主張している。この主張は、結果として、医療制度に司法の論理をそのまま引き込むことになりかねない。科学的認識が不得手にもかかわらず、無理やり白黒をつけようとする司法の論理によって、広汎な事例で、過去(生じた事故)の責任追及がなされる可能性がある。
ADR(裁判外紛争解決)……医師は、医事紛争における過去の司法判断のリセットが必要だ、と考えている。ADRは、進め方によっては、過去の医療裁判の大量コピーを生産するマシーンになりかねない。
・無過失補償制度……これを紛争の終点としなければ、大量の民事訴訟の起点となる。
・安全対策……医療事故を安全対策の直接の入り口にすると、個別性が強くなりすぎて、対策が膨大になり、整合性がとれなくなる。責任を伴わない権限は制度を壊す。病院外からの無秩序な安全対策の指示は、現場を疲弊させるばかりでなく、病院を破産に追い込む可能性がある。事故情報を匿名化して集め、専門家が優先順位を決めて総合的に対策を考える必要がある。


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論 点 「医療の何が危機なのか」 2008年版

対論!もう1つの主張
医療費の抑制政策が医師を、看護師を、病院を日本からなくしていく
鈴木 厚(川崎市立井田病院地域医療部長)
生産性の低い日本の医療。超高齢社会に向けて「医療崩壊」は必然である
長谷川敏彦(日本医科大学教授)


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personal data

こまつ・ひでき
小松秀樹

1949年香川県生まれ。東京大学医学部卒。都立駒込病院、山梨医科大学助教授を経て、現在、虎の門病院泌尿器科部長。2006年に上梓した『医療崩壊』で、勤務医が激務と患者との軋轢のわずらわしさから逃れようと開業医へ転身していく姿を「立ち去り型サボタージュ」と名づけ、話題になった。他の著書に『慈恵医大青戸病院事件』『医療の限界』などがある。



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