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論 点 「医療の何が危機なのか」 2008年版
医療紛争を司法の論理で解決するなら、患者との摩擦で現場は疲弊する
[医療危機についての基礎知識] >>>

こまつ・ひでき
小松秀樹 (虎の門病院泌尿器科部長)
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▼対論あり

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医療サービスの劣化は危険水域に入った
 すべての人に分け隔てなく適切な医療を提供することは、健全な社会の必要条件である。ところが日本では医療費削減と安全要求の高まりの中、産科や救急医療など患者との軋轢の大きい分野、制度上、住民の攻撃を受けやすい自治体病院などから医師が立ち去り、医療の提供体制にほころびが目立つようになってきた。まだ、イギリスやアメリカに比べて医療サービスの提供は良好に保たれているが、危険水域に入りつつある。
 この状況を打開すべく、対策が検討され始めたが、医療についての基本的認識、死生観など、総論部分での議論ができていないので、食い違いが目立つ。たとえば二〇〇七年(平成一九年)四月には、医療に関連した死因究明制度(医療事故調査委員会)の検討会が発足したが、制度の目的について、責任追及、医療の保全、安全向上と大きく意見が分かれている。筆者は、検討会の座長で刑法学者の前田雅英氏と〇七年八月一四日読売新聞紙上で討論した。前田氏の主張には「法的責任追及に活用」、筆者の主張には「紛争解決で『医療』守る」との見出しがつけられた。


医師が現場を離れていくこれだけの要因
・医療費抑制……一九八〇年代半ば以後、日本では世界に類をみない医療費抑制政策が実施されてきた。にもかかわらず、アクセスは制限されず、逆にさらなる質の向上が求められた。このため、勤務医の労働環境は苛酷になった。
・社会思想……日本人がしばしば死を受け入れられなくなった。不安が医療への攻撃行動を促し、かつ正当化している。また、個人の権利が尊重されるあまり、一部で共生のための行動の制御が失われ、これが医療現場を疲弊させた。
・マスメディア……情動を主たる関心事とする。個人の理性による制御がなされていない。このため、情動に働きかける記事の機械的大量反復現象が生じる。大衆メディア道徳とでもいうべき現実無視の規範が、責任者なしに一人歩きして、暴力的な影響を及ぼすことがある。
・厚労省……メディア・政治の激しい攻撃を受け続けてきた。攻撃をかわすこと、すなわち、自己責任の回避が行動原理の一つとならざるをえない状況がある。結果として、現場に無理な要求を押し付けることになる。
・司法……メディアの感情論の影響を大きく受ける。理念からの演繹で、医療の一部を取り出し、罰を科し、賠償を命ずる。この理念が適切かどうか、医療全体からの帰納で検証する方法と習慣を持たない。
・医事紛争の公平な処理システムの欠如……無謬を前提としてきたため、科学的な事故調査制度、公平な補償制度、合理的な処分制度がなかった。
・医療の質向上の努力不足……病院全体の総論的安全対策は大きく改善したが、個々の診療ごとの質改善の努力がまだ不足している。また、医師の質を保証するための制度が不十分である。


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論 点 「医療の何が危機なのか」 2008年版

対論!もう1つの主張
医療費の抑制政策が医師を、看護師を、病院を日本からなくしていく
鈴木 厚(川崎市立井田病院地域医療部長)
生産性の低い日本の医療。超高齢社会に向けて「医療崩壊」は必然である
長谷川敏彦(日本医科大学教授)


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personal data

こまつ・ひでき
小松秀樹

1949年香川県生まれ。東京大学医学部卒。都立駒込病院、山梨医科大学助教授を経て、現在、虎の門病院泌尿器科部長。2006年に上梓した『医療崩壊』で、勤務医が激務と患者との軋轢のわずらわしさから逃れようと開業医へ転身していく姿を「立ち去り型サボタージュ」と名づけ、話題になった。他の著書に『慈恵医大青戸病院事件』『医療の限界』などがある。



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