今週の必読・必見
日本を読み解く定番論争
日本の論点PLUS
日本の論点PLUSとは?本サイトの読み方
議論に勝つ常識一覧
執筆者検索 重要語検索 フリーワード検索 検索の使い方へ
HOME 政治 外交・安全保障 経済・景気 行政・地方自治 科学・環境 医療・福祉 法律・人権 教育 社会・スポーツ

論 点 「医療の何が危機なのか」 2008年版
生産性の低い日本の医療。超高齢社会に向けて「医療崩壊」は必然である
[医療危機についての基礎知識] >>>

はせがわ・としひこ
長谷川敏彦 (日本医科大学教授)
▼プロフィールを見る
▼対論あり

全2ページ|1p2p
医師に雑用を押しつけている日本の病院
 ここ一〇年で急増した雑用は、本来病院の経営改善対策により吸収すべきで、時間単価の高い現場の医師に押しつけたのが立ち去り型サボタージュの元凶である。ビジネスセンスのない公立病院にその傾向が著しい。他職種に仕事を割り振る、ITを用いて改善する、業務を見直すことにより、生産性を高められるはずである。実は日本の病院医一人当たり一年間で退院させる患者は八〇人強で、他の先進国より少なく、フランスの約半分にすぎない。フランスの病院には外来はなく、医師は入院に専念でき、看護師や他の職員数も日本より多い。日本のみ医師の働きが悪いとは考えられず、国際的に見て日本の病院が資源を効率よく運営できていないという課題が浮かび上がる。
 よく考えてみると、ここ一〇年間に起きた現象、「在院日数減」、「患者への説明強化」、「保険書類増加」はどれも必要なことで、社会から見るとむしろ当然のことである。欧米に遅れること数十年で、日本の医療もやっと世界標準に追いついたのである。問題はむしろ病院組織や医療制度が、いまだに第二次世界大戦直後の一九四八年に制定された古い医療法の世界の下に運用されていることで、そのゆがみが医師の負担を増やしているのではないか。
 ざっくりいうと、日本の医療界も医師も、他の業界と変わりない「普通の社会」、一般の人と変わりない「普通の人」に変わりつつあり、その産みの苦しみが、旧来のものの見方をする人には「崩壊」と映るのではなかろうか。


日本は超高齢社会の水先案内人
 〇四年、日本はイタリアをぬいて高齢人口世界一の高齢大国となった。これから世界に先駆け、人類未到の超高齢社会へ一番乗りをめざす。超高齢社会は遅かれ早かれすべての社会が到達する最終形態、究極の社会である。名誉あることに、人類の歴史の中で、日本がその水先案内人を仰せつかることになった。ヨーロッパが、そしてアジアが固唾を呑んで日本の背中を見ている。欧米から盗んだ知識技術の上に築いたアリババ大国・日本(少なくとも医療界では)にとって、これは安易な道のりではない。マネをするモデルはない。二〇世紀の常識は危険だ。
 日本は少品種多量生産の製造業で大成功し、世界をリードしてきた。しかし製造業でも多品種少量生産の領域へ、産業構造でも製造業からサービス業への転換は遅れている。特に、サービス産業の生産性は低く、医療はその典型といえよう。製造業では世界一の品質管理を誇る日本だが、医療についてはほとんど手つかずである。逆に生産性や品質の向上を目指して、多品種少量生産の典型医療界で成功すれば他の新しい産業の牽引役となれるのではなかろうか。
 あと二〇年足らずして人口の三〜四割が退職年齢六〇歳以上となり、それが七〜八割の医療費を消費すると予測される。人類が経験したことのない医療システムを設計するには「いったい医療とは何をすることか」「何をどのように誰が負担するのか」を根本から問い直してみる必要がある。
 当面「病院の労働環境改善」「病院と診療所がつながることによって外来患者にできるだけ身近な診療所に行ってもらうこと」「医師・看護師や他の医療職との役割分担を見直してそれぞれの専門性が生かせるようにすること」、要するに「病院の生産性を高めて職員の負担を軽くし、ゆとりを生み出す」ことが、病院の現状打破の第一歩である。これらはいずれも医療人のみならず患者、国民の理解が必要である。医療人は、突然変貌した患者の態度や病院にとまどっている。患者、国民はそのとまどいにさらに不信感をつのらせる。医療人はやってられないと怒り、逃げ出すといった不幸な悪循環が始まっているのではないか。互いを理解して一緒に取り組むこと以外に解決の道はない。
「日本の医療は崩壊するのか」という問いの答えとして誤解を恐れずに言うと、「崩壊は避けられない」。むしろ古いシステムを解体し、新しい医療を患者、国民と共に創り出すことが、今の医療人にとっての責務である。


前のページへ

全2ページ|1p2p

推薦図書
筆者が推薦する基本図書
『医療崩壊――「立ち去り型サボタージュ」とは何か』
小松秀樹(朝日新聞社)
「病院はどう生き残るか」
〈「医学のあゆみ」二二二巻六・七号(医歯薬出版)〉



議論に勝つ常識
2008年版
[医療危機についての基礎知識]
[基礎知識]医師は不足しているのか、偏在しているのか?



論 点 「医療の何が危機なのか」 2008年版

対論!もう1つの主張
医療費の抑制政策が医師を、看護師を、病院を日本からなくしていく
鈴木 厚(川崎市立井田病院地域医療部長)
医療紛争を司法の論理で解決するなら、患者との摩擦で現場は疲弊する
小松秀樹(虎の門病院泌尿器科部長)


▲上へ
関連論文

筆者の掲載許可が得られない論文はリンクしていません。
96年以前の論文については随時追加していきます。ご了承ください。

(2007年)コスト削減のためのリハビリ打ち切りは、「弱者は死ね」というに等しい
多田富雄(免疫学者)
(2007年)コストとサービスのミスマッチをただすのが医療改革。「医療難民」は暴論
池田省三(龍谷大学教授)
(2007年)診療報酬を上げ、医師を増員しなければ、産科・小児科医療は早晩崩壊する
武 弘道(川崎市病院事業管理者)
(2007年)警察の介入が外科医を手術から遠ざける――第三者機関の設立を急げ
森 武生(都立駒込病院院長)
(2007年)医療裁判は患者に不利。「うそをつかない病院」をつくり、患者の納得を
清水陽一(新葛飾病院院長)
(2006年)医療事故の究明方法の未熟とマンパワー不足が信頼関係を崩壊させる
森 武生(都立駒込病院院長)
(2006年)医療事故をなくすには患者込みのチーム医療と医師免許更新制の実現を
勝村久司(「医療情報の公開・開示を求める市民の会」事務局長)
(2006年)医療費の抑制は超高齢時代の要請――改革の要は効率化と重点化だ
西室泰三(東芝相談役、日本経団連社会保障委員長)
(2006年)日本の医療費は高くない。採算重視の医療改革は患者切り捨てにつながる
鈴木 厚(川崎病院地域医療部長)
(2005年)医療事故防止の第一歩はミス隠しの追放――交通事故激減の実績に学べ
石川寛俊(弁護士)
(2005年)無益な研究、猟奇犯罪、詭弁のはびこる実態――大学病院全廃論
南淵明宏(大和成和病院心臓外科部長)
(2005年)大学病院はまだ自己改革の余地がある。予算不足は言い訳にすぎない
西村周三(京都大学大学院経済学研究科教授)
(2004年)患者、家族と医療者が危険情報を共有することが事故対策の第一歩
鈴木利廣(弁護士、医療問題弁護団代表)
(2004年)放置され続けた一〇年。診療報酬の改善なくして小児救急の充実は不可能
武 弘道(埼玉県病院事業管理者、前全国自治体病院協議会副会長)
(2004年)株式会社の参入と混合診療の解禁が患者に大きな利益をもたらす理由
八代尚宏(日本経済研究センター理事長)
(2004年)利益の追求が目的の株式会社が医療に参入すれば患者本位の医療は滅びる
青柳 俊(日本医師会副会長)
(2004年)混合診療の解禁は患者を救う。ただし医療内容の評価基準の確立が前提
平岩正樹(医師)
(2004年)超高齢社会の医療保険は医療費を強制貯蓄させるシンガポールに学べ
川渕孝一(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科教授)
(2003年)個人を罰するだけの安易な刑事訴追が医療事故防止への改革を遅らせる
森 功(医療法人医真会理事長)
(2003年)医療保険の守備範囲を見直せ――患者に選択の自由と応分の負担を
西室泰三(東芝会長、日本経済団体連合会副会長)
(2003年)患者負担増や市場原理の導入は、安価で良質な日本の医療を破壊する
石原 謙(日本医師会総合政策研究機構研究部長、愛媛大学医学部附属病院医療情報部教授)
(2003年)患者の負担増は不可避。制度の一元化と地方移管で負担の平等と効率化を
西村周三(京都大学大学院経済学研究科教授)
(2002年)医療過誤から身を守るには専守防衛あるのみ――健康管理ノート活用法
森 功(医真会八尾総合病院理事長)
(2002年)日本の公的医療費は先進諸国の最低水準――総枠拡大を目指すとき
二木 立(日本福祉大学社会福祉学部教授)
(2001年)医療過誤ゼロは神話――それでもリスク管理の徹底で事故は減る
桜井靖久(東京女子医科大学ME(医用工学)連携ラボ顧問・名誉教授)
(2000年)現在の医療裁判制度は患者に不利――ただちに救済センターを設置せよ
森 功(医真会八尾総合病院理事長)
(1999年)医療保険改革には供給・需要両面からの構造的アプローチが必要である
川渕孝一(日本福祉大学経済学部教授)
(1999年)財政優先の医療改革をやめよ――国民平等の理念に基づく対案あり
糸氏英吉(糸氏外科医院院長・日本医師会副会長)
(1999年)医師がカルテを開示し、患者と情報を共有することが医療の欠陥を正す
森 功(医療法人医真会理事長)
(1999年)カルテが主治医の覚え書きを含む現状では、開示の法制化は早すぎる
開原成允(国立大蔵病院院長)
(1998年)医師側の怠慢追及が第一だが患者側が賢くならねば医療過誤は減らせない
島田康弘(名古屋大学医学部教授)
(1996年)医療サイドの権威を打破しない限り、公正な医療事故裁判など望めない
森 功(医真会八尾総合病院理事長)
(1994年)「東海大学安楽死殺人事件」が教えてくれたのは生者の都合
永井 明(メディカル・ライター)



personal data

はせがわ・としひこ
長谷川敏彦

1948年三重県生まれ。大阪大学医学部卒、ハーバード大学公衆衛生大学院修了。厚生省九州地方医務局次長、国立医療・病院管理研究所医療政策研究部長、国立保健医療科学院政策科学部長など数々の要職を歴任し、06年より日本医科大学医療管理学教室主任教授。公衆衛生学のほか政策科学、医療経済学、病院経営学を専門とし、著書に『病院経営のための在院日数短縮戦略』『病院経営戦略』『医療安全管理事典』『医療を経済する』(共著)などがある。




▲上へ
Copyright Bungeishunju Ltd.