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論 点 「医療の何が危機なのか」 2008年版
医療費の抑制政策が医師を、看護師を、病院を日本からなくしていく
[医療危機についての基礎知識] >>>

すずき・あつし
鈴木 厚 (川崎市立井田病院地域医療部長)
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▼対論あり

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「医療の適正化」というまやかし
 医師不足を解決するには、医学部定員増を即実施することである。英国のブレア前首相は就任時に、医学部の定員を五〇パーセント増員するとの判断を下したが、一人前の医師になるのには入学から一〇年はかかる。一〇年後まで待てないことから短期的解決策が必要となる。そのためには医師の仕事の一部を看護師に譲るべきである。米国では医師と看護師は同等で、資格があれば、看護師でも抗ガン剤を投与し、麻酔をかけることができる。また無駄な会議を減らし、医師に時間的余裕を持たせることである。書類は事務員に任せ、最後に医師が確認すればよい。
 次なる解決策として新研修医制度をやめることである。日本では一度法制化された制度を廃止するという発想がないが、間違った制度はすぐにやめるべきである。研修医の二年間の研修義務化は何の役にも立っていない。診療に責任のない研修医は、医学部六年制を八年制にしたにすぎない。かつての研修医は多忙の中で、責任を自覚し腕を磨いていた。しかし現在の研修医は法律に守られ、病院の中で最も働かない医師になっている。
 政府は医療費抑制のため患者の負担を増やし、診療報酬の削減を進めている。この医療費抑制策が諸悪の根源である。つまり〇六年六月の医療制度改革は、「医療に質の向上と安全性を求めない」と宣言しているに等しい。さらに「老人殺し」、「病院つぶし」、「地方つぶし」、「医療難民」、「医療従事者過労死」を堂々と法制化したといえる。厚労省は医療の適正化という言葉を頻繁に使うが、彼らが言う医療の適正化を、不適正化という言葉に言い換えればすべてがぴったりである。
 政府は情報操作で国民を欺き、マスコミは社会の木鐸の使命を忘れ、経済学者は政府の提灯持ちとなり、何も知らない国民は不満を言う。患者側の不満、医療側の不満、このように日本の医療は不満だらけであるが、その諸悪の根源は医療費抑制政策にある。高齢化が進み、医療が進歩しているのだから、当たり前の治療を維持するだけでも国民医療費は自然増となるはずである。それを抑制すれば、歪みどころか、国民の生命を脅かすことになる。


団塊世代は病気になっても入院できない!?
 国と地方を合わせて一〇〇〇兆円の借金があることは承知している。しかし経済政策の失敗、公共事業費や公費の無駄使いで生じた借金を国民医療費に転嫁するのは許せない。また地方自治体も医療の公共性を考えず、医療からの撤退ばかりである。この五年間で二八九施設(五・四パーセント)の自治体病院が廃院となり、日本から五一〇〇のベッドが消滅している。社会的基盤である医療が崩れれば、地域住民は不幸になるだけである。
 政府は療養病床三六万床を一五万床に減らすとしている。この政策が団塊の世代の老後を直撃することは疑いない。現在でも療養病床は不足しているのに、団塊の世代が介護や医療を必要とするようになったとき、入院すべきベッドは日本から消えているのである。
 私たちの生命を守る医療を、「国民の安全保障」としてとらえるべきである。医療費は個人、保険、税金から支払われているが、いずれにしても私たち国民の財布からである。また国民の財布から出している国家財源の中で、必要としている医療費を最優先させるべきである。患者の自己負担を減らし医療機関を受診しやすくし、診療報酬を上げ医療機関の充実をはかるべきである。老人に負担を求める後期高齢者医療制度などとんでもない制度である。
 国民医療費三二兆円はパチンコ産業とほぼ同額で、国民年金(四四兆円)より一二兆円少ない。「国民の生命と健康を守る医療をパチンコ産業と同額」とする医療政策は間違っている。国民の生命を守るため、諸悪の根元である医療費抑制政策を変えるべきである。医療を、私たちの安全保障として死守すべきである。


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推薦図書
筆者が推薦する基本図書
『崩壊する日本の医療――医療は私たちの生命、存在そのものを守る』
自著(秀和システム)
『日本の医療に未来はあるか――間違いだらけの医療制度改革』
自著(ちくま新書)
『誰が日本の医療を殺すのか――「医療崩壊」の知られざる真実』
本田宏(洋泉社)


e-data
http://www.iryoseido.com/
[医療制度研究会]



議論に勝つ常識
2008年版
[医療危機についての基礎知識]
[基礎知識]医師は不足しているのか、偏在しているのか?



論 点 「医療の何が危機なのか」 2008年版

対論!もう1つの主張
生産性の低い日本の医療。超高齢社会に向けて「医療崩壊」は必然である
長谷川敏彦(日本医科大学教授)
医療紛争を司法の論理で解決するなら、患者との摩擦で現場は疲弊する
小松秀樹(虎の門病院泌尿器科部長)


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関連論文

筆者の掲載許可が得られない論文はリンクしていません。
96年以前の論文については随時追加していきます。ご了承ください。

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多田富雄(免疫学者)
(2007年)コストとサービスのミスマッチをただすのが医療改革。「医療難民」は暴論
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平岩正樹(医師)
(2004年)超高齢社会の医療保険は医療費を強制貯蓄させるシンガポールに学べ
川渕孝一(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科教授)
(2003年)個人を罰するだけの安易な刑事訴追が医療事故防止への改革を遅らせる
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西村周三(京都大学大学院経済学研究科教授)
(2002年)医療過誤から身を守るには専守防衛あるのみ――健康管理ノート活用法
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森 功(医真会八尾総合病院理事長)
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(1999年)カルテが主治医の覚え書きを含む現状では、開示の法制化は早すぎる
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(1998年)医師側の怠慢追及が第一だが患者側が賢くならねば医療過誤は減らせない
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森 功(医真会八尾総合病院理事長)
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personal data

すずき・あつし
鈴木 厚

1953年山形県生まれ。北里大学医学部大学院修了。医学博士。北里大学病院、川崎市立川崎病院を経て、現在川崎市立井田病院内科医、地域医療部長。北里大学医学部非常勤講師。日本の医療現場と医療制度が抱える多くの問題を直視し、その原因究明と改善策を提言している。とくに患者と医療機関に犠牲を強いる医療費抑制政策には断固反対している。著書は『日本の医療を問いなおす』『日本の医療に未来はあるか』『世界を感動させた日本の医師』『崩壊する日本の医療』など。
執筆者他論文
(2006年)日本の医療費は高くない。採算重視の医療改革は患者切り捨てにつながる




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