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論 点 「医療の何が危機なのか」 2008年版
医療費の抑制政策が医師を、看護師を、病院を日本からなくしていく
[医療危機についての基礎知識] >>>

すずき・あつし
鈴木 厚 (川崎市立井田病院地域医療部長)
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▼対論あり

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医師不足のきっかけとなった新研修医制度
 医療の質を上げ、安全性を高めて欲しい。このふたつが医療に対する私たちの切なる願いである。しかしそれ以前のこととして、医師不足によって病院から医師が消え、まともな医療が提供できない異常事態が起きている。
 患者の生命に関わる医療現場の混乱はなぜ起きたのか。政府やマスコミは「医療費の論議を医療機関の儲け話」に、「医療事故を医師や看護師の資質の問題」にすりかえてきた。しかし、このような医療の本質を誤魔化す手法がほころび、日本の医療危機が国民生活を直撃しているのである。日本の医療危機は、医学界のお偉方と役人が机上の理論で新研修医制度を作ったこと、さらに政治家と役人が医療費抑制政策を掲げていることが本当の原因である。
 数年前まで、医師不足は僻地だけの問題であった。しかしこの数年間で、医師不足は僻地から地方都市へ、地方都市から都市部へと広がってきた。特に小児科医、産婦人科医の不足は深刻で、事実、二〇年前は四割の病院が小児科の看板を掲げていたが、現在では小児科の看板は半減している。さらに病院の産婦人科の看板は、この三年間で半分に激減している。「お産難民」「救急患者のたらい回し」という言葉が都市部でも日常的な言葉になっている。
 この医師不足のきっかけを作ったのは、二〇〇四年(平成一六年)に導入された新研修医制度である。新研修医制度で新人医師は研修病院を自由に選択できるようになったことから、自分が卒業した大学病院に残らず、都市部の有名病院で研修するようになった。地方の大学病院は人手不足となり、関連病院に派遣していた医師を引き上げ、そのため関連病院の医師不足を招いた。医師が辞めれば残された医師の過重労働がさらに悪化し、残された医師も耐えきれず病院を辞めるというドミノ式悪循環が生じたのである。
 〇七年一一月、東京都北区の東十条病院が医師を確保できずに廃院となった。東十条病院は北区で最も大きな病院で、東京都の災害拠点病院にも指定されていた。このように都市部でも医師不足による廃院が波及している。


死ぬほど働いても感謝されない
 医師不足に対して、診療科の偏在を指摘する声がある。研修医が診療科を選ぶ場合、勤務時間や訴訟問題などから仕事のきつい科が敬遠される。外科系は敬遠され、皮膚科や眼科などを選ぶ医師が多くなっている。そのため、必要とされる診療科の医師の数の供給バランスが崩れたのである。しかしそれ以前の根本的問題として、日本の医師の絶対数が足りないことを忘れてはいけない。
 日本は世界第一位の長寿国で、乳児死亡率の低さも世界第一位である。このように世界最高の医療を提供しているが、世界保険機関の発表によると、人口一〇〇〇人あたりの医師数はアメリカが二・五六人、ドイツが三・三七人、フランスが二・七人であるのに、日本は一・九八人で一九二カ国中六三位である。同様に看護師数は二七位であり、日本の医療における人的パワーは極めて低いのである。
 現在、医療に対する国民の不満が大きい。しかしこれは医療従事者が怠慢だからではない。人的パワーが少なく、死ぬほど働いても患者が満足できる医療を提供できないからである。現場の医師や看護師は過重労働、責任の重さ、書類の山に押し潰されている。患者さんを助けたいという気持ちから医師や看護師になったのに、感謝のない過重労働と患者からのクレームの多さから逃げだそうとしている。
 無為無策の厚労省に、医師不足との現状認識はない。彼らの理屈は「病院の半分が廃院になれば、解雇された医師や看護師が生き残った病院に移動するので、医師不足、看護師不足は生じない」である。〇七年の医師国家試験の合格率は八七・九パーセント(合格者七五三五人)で、前年の九〇・〇パーセント(合格者七七四二人)より低下した。もし厚労省が医師不足を真剣に考えているのならば、合格率を上げるはずである。つまり「国民の健康と生命」など少しも考えていない同省の無策を表している。
 厚労省は「医師不足を解消するため」として、「一〇の都道府県の医学部の入学定数を、一〇人ずつ一〇年間にかぎり増員してあげる」と傲慢に言っているが、これは医師不足解決のための発案ではない。医師不足という世間の批判をかわすためのアリバイ的発言にすぎない。


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論 点 「医療の何が危機なのか」 2008年版

対論!もう1つの主張
生産性の低い日本の医療。超高齢社会に向けて「医療崩壊」は必然である
長谷川敏彦(日本医科大学教授)
医療紛争を司法の論理で解決するなら、患者との摩擦で現場は疲弊する
小松秀樹(虎の門病院泌尿器科部長)


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personal data

すずき・あつし
鈴木 厚

1953年山形県生まれ。北里大学医学部大学院修了。医学博士。北里大学病院、川崎市立川崎病院を経て、現在川崎市立井田病院内科医、地域医療部長。北里大学医学部非常勤講師。日本の医療現場と医療制度が抱える多くの問題を直視し、その原因究明と改善策を提言している。とくに患者と医療機関に犠牲を強いる医療費抑制政策には断固反対している。著書は『日本の医療を問いなおす』『日本の医療に未来はあるか』『世界を感動させた日本の医師』『崩壊する日本の医療』など。



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