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沖縄に遺棄化学弾? 22発、大戦で米軍使用の可能性

2008年04月24日03時04分

 防衛省は23日、沖縄県浦添市で今月中旬、陸上自衛隊が不発弾として回収しようとした米軍の迫撃砲弾の中に、化学弾の可能性がある22発が含まれていたと発表した。外形などから沖縄戦当時のものとみられる。現場からの移送をいったん中止し、米軍などに照会して特定を急いでいる。

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見つかった砲弾=防衛省提供

 化学兵器の化学弾と判明すれば、米軍が沖縄戦の際に持ち込んでいた可能性が出てくる。日本国内で米軍の遺棄化学兵器が見つかったケースは過去に例がないという。

 防衛省によると、見つかったのは浦添市内の民有地。今月7日に沖縄県警から陸上自衛隊に不発弾処理の要請があった。陸自が11日に作業にあたったところ、米軍の迫撃砲弾76発を発見した。54発は回収したが、残りの22発は内部に液体のようなものが入っていることがわかり、作業を中断した。

 22発は「M57迫撃砲弾」で、同型弾には通常弾の液体発煙弾と、致死性の高い薬剤などを含んだ化学弾の2種類がある。危険を避けるため、近く気密性の高い容器に収納して移送・保管する予定。砲弾は腐食が進んでいるが、内部の液体が漏出するような危険な状態ではないという。浦添市は那覇市に隣接する沖縄本島中部の住宅密集地。

 沖縄戦で米軍が化学兵器を持ち込んだり、使用したりしたという明確な証拠は見つかっていない。

 また72年に本土復帰する前の沖縄では、嘉手納弾薬庫など中北部の基地に、ベトナム戦争などに使うための化学兵器が貯蔵されていた。

 沖縄戦当時、毒ガス兵器をめぐっては、1925年に調印されたジュネーブ議定書で、化学、生物(細菌)兵器の戦時使用が禁止されていたが、同兵器の開発や保有などは禁じていない。

 旧日本軍は化学兵器を中国に遺棄し、日本政府が現在処理を進めている。

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