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山口・光の母子殺害:差し戻し控訴審判決(要旨)

 山口県光市で起きた母子殺害事件の差し戻し控訴審で、殺人と強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた当時18歳の元少年(27)に対し、広島高裁が言い渡した死刑の判決理由の要旨は次の通り。

 【本件の審理、供述経過等】(略)

 【新供述の信用性及び1審判決の事実認定に対する弁護人の主張について】

 ◆新供述をした理由に関する被告の供述◆

 新供述と旧供述とは、事実経過や、本件各殺害行為の態様、殺意の有無等が全く異なっている。自分の供述調書を差し入れてもらって初めて、内容が自分の経験と違っていることに気付くというようなことはあり得ない。本件公訴が提起されてから、(新たな弁護人が)選任されるまでの6年半以上もの間、それまでの弁護人に、新供述のような話を1回もしたことがないというのは、あまりにも不自然である。

 ◆被害者(本村弥生さん)に対する殺害行為について◆

 供述によると、被告は、逆手にした右手だけで被害者の頸部(けいぶ)を圧迫して死亡させたことになる。しかし被告の当審公判供述は、被害者の死体所見と整合せず、不自然な点がある上、旧供述を翻して以降の被告の供述に変遷がみられるなど、到底信用できない。被害者は窒息死したのであるから、ある程度の時間継続して相当強い力で頸部を圧迫されたことは明らかである。

 被告が新供述のような態様で被害者を押さえつけて頸部を圧迫していたとすれば、被害者は左手を動かすことができたと考えられるから、当然、懸命に抵抗したはずである。被害者が激しく抵抗すれば、窒息死させるまで頸部を押さえ続けることは困難である。新供述は合理的な理由なく変遷しており、不自然である。

 ◆被害者に対する強姦行為について◆

 被告は、「魔界転生」という小説にあるように、復活の儀式ができると思っていたから、生き返ってほしいという思いで被害者を姦淫(かんいん)したなどと供述している。しかし、一連の行為をみる限り、性欲を満たすため姦淫行為に及んだと推認するのが合理的である。被告は姦淫した後すぐに被害者の死体を押し入れの中に入れており、脈や呼吸を確認するなど、被害者が生き返ったかどうか確認する行為を一切していない。

 さらに、死亡した女性が姦淫により生き返るということ自体、荒唐無稽(こうとうむけい)な発想であって、被告が実際にこのようなことを思いついたのか、甚だ疑わしい。小説では、ひん死の状態にある男性が、女性と性交することにより、その女性の胎内に生まれ変わり、この世に出るというのであって、死亡した女性が姦淫により生き返るというものとは相当異なっている。従って、その小説を読んだ記憶から、死んだ女性を生き返らせるために姦淫するという発想が浮かぶこともあり得ない。被告の供述は到底信用できない。

 ◆被害児(本村夕夏ちゃん)に対する殺害行為について◆

 被告が被害児を床にたたきつけたこと自体は、動かし難い事実というべきであり、これを否定する被告の当審公判供述は、到底信用することができない。被告が身をかがめたり、床にひざをついて中腰の格好になった状態で、被害児をあおむけに床にたたきつけたと推認するのが合理的である。被害児の頸部にひもを二重に巻いた上、ちょう結びにしたことは、証拠上明らかであり、そのような動作をした記憶が完全に欠落しているという被告の供述は不自然不合理である。

 ◆1審判決の認定について◆

 被告の新供述は信用できず、旧供述は信用できるから、これに依拠して1審判決が認定した事実に誤認はない。

【量刑について】

 本件は、当時18歳の少年であった被告が白昼、排水管の検査を装ってアパートの一室に上がり込み、当時23歳の被害者を強姦しようとして、激しく抵抗されたため、被害者を殺害した上で姦淫し、当時生後11カ月の被害児をも殺害し、財布を窃取した事案である。

 いずれも極めて短絡的かつ自己中心的な犯行である。動機や経緯に酌量すべき点はみじんもない。強姦および殺人の強固な犯意の下に、何ら落ち度のない2名の生命と尊厳を踏みにじったものであり、冷酷、残虐にして非人間的な所業である。

 被害者2名は死亡しており、結果は極めて重大である。被害者は一家3人でつつましいながらも平穏で幸せな生活を送っていたにもかかわらず、最も安全であるはずの自宅において、23歳の若さで突如として絶命させられたものであり、その苦痛や恐怖、無念さは察するに余りある。理不尽な暴力を受け、かたわらで被害児が泣いているにもかかわらず、被害児を守ることもできないまま、被害児を残して事切れようとする時の被害者の心情を思うと言葉もない。被害児は、両親の豊かな愛情にはぐくまれて健やかに成長していたのに、何が起こったのかさえも理解できず、わずか生後11カ月で、あまりにも短い生涯を終えたものであり、誠にふびんである。一度に妻と子を失った被害者の夫ら遺族の悲嘆の情や喪失感、絶望感は甚だしく、憤りも激しい。処罰感情はしゅん烈を極めている。

 被告は、犯行の発覚を遅らせるため、被害児の死体を押し入れの天袋に投げ入れ、被害者の死体を押し入れの下段に隠すなどしており、犯行後の情状も芳しくない。

 ごく普通の家庭の母子が何の責められるべき点もないのに、自宅で惨殺された事件として、地域住民や社会に大きな衝撃と不安を与えた点も軽視できない。刑事責任は極めて重大である。

 被告は幼少期に、実父から暴力を振るわれる実母をかばおうとしたり、祖母が寝たきりになり介護が必要な状態になると、排せつの始末を手伝うなど心優しい面もある。父から暴力を受けたり、母に対する暴力を目の当たりにしてきたほか、中学時代に母が自殺するなど、成育環境には同情すべきものがある。幼少期からの環境が、人格形成や健全な精神の発達に影響を与えた面があることも否定できない。もっとも、経済的に問題のない家庭に育ち、高校教育も受けたのであるから、成育環境が特に劣悪であったとはいえない。

 少年法51条は、犯行時18歳未満の少年の行為については死刑を科さないものとしており、被告が犯行時18歳になって間もない少年であったことは、量刑上十分に考慮すべきである。人格や精神の未熟が犯行の背景にあることは否定し難い。しかし、犯行の罪質、動機、態様にかんがみると、これらの点は量刑上考慮すべき事情ではあるものの、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情であるとまではいえない。

 差し戻し前の控訴審までの被告の言動、態度等をみる限り、被告が遺族らの心情に思いを致し、罪の深刻さと向き合って内省を深め得ていたと認めることは困難であり、反省の情が芽生え始めてはいたものの、その程度は不十分なものであったといわざるを得ない。

 被告は、上告審で公判期日が指定された後、旧供述を一変させて本件公訴事実を全面的に争うに至り、被告の新供述が到底信用できないことに徴すると、被告は死刑を免れることを企図して旧供述を翻した上、虚偽の弁解をろうしているというほかない。新供述は、殺人および強姦致死ではなく傷害致死のみである旨主張し、被害児の殺人および窃盗については、いずれも無罪を主張するものであって、もはや、被告は、自分の犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑を免れようと懸命になっているだけであると評するほかない。自己の刑事責任を軽減すべく虚偽の供述をろうしながら、他方では、遺族に対する謝罪や反省を口にすること自体、遺族を愚ろうするものであり、その神経を逆なでするものであって、反省謝罪の態度とは程遠いというべきである。

 1審判決および差し戻し前の控訴審判決は、いずれも、犯行時少年であった被告の可塑性に期待し、その改善更生を願ったものであるとみることができる。ところが、被告は、その期待を裏切り、差し戻し前の控訴審判決の言い渡しから上告審での公判期日指定までの約3年9カ月間、反省を深めることなく年月を送り、本件公訴事実について取り調べ済みの証拠と整合するように虚偽の供述を構築し、それを法廷で述べることに精力を費やした。そのこと自体、被告の反社会性が増進したことを物語っているといわざるを得ない。

 犯した罪の深刻さに向き合って内省を深めることが、改善更生するための出発点となるのであるから、被告が当審公判で虚偽の弁解をろうしたことは、改善更生の可能性を大きく減殺する事情といわなければならない。

 ◆死刑選択の可否の検討◆

 被告の罪責は誠に重大であって、被告のために酌量すべき諸事情を最大限考慮しても、罪刑均衡の見地からも一般予防の見地からも、極刑はやむを得ないというほかない。

 当裁判所は、上告審判決を受け、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の有無について慎重に審理したものの、基本的な事実関係については、上告審判決の時点と異なるものはなかった。むしろ、被告が当審公判で虚偽の弁解をろうし、偽りとみざるを得ない反省の弁を口にしたことにより、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情を見いだすすべもなくなったというべきである。上告審判決が説示したのは、被告に対し、その罪の深刻さに真摯(しんし)に向き合い反省を深めるとともに、真の意味での謝罪としょく罪のためには何をすべきかを考えるようにということをも示唆したものと解される。結局「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」は認められなかった。被告を無期懲役に処した1審判決の量刑は、死刑を選択しなかった点において、軽過ぎるといわざるを得ない。

毎日新聞 2008年4月23日 東京朝刊

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