山口県光市の母子殺害事件差し戻し控訴審で広島高裁が22日、当時18歳の元少年(27)に言い渡した死刑判決は、刑の厳罰化の流れに沿ったともとれる内容となった。死刑の「境界事例」とされる被害者2人の事件でも、「特に酌量すべき事情がない」限り、少年でも死刑になる可能性を示した点には、死刑のハードルを下げたとの見方もある。来年5月からは裁判員制度が始まり、一般市民でも死刑の適用の判断を迫られるようになる。【川辺康広、田倉直彦】
「死刑制度がある以上、当たり前の判断。無期を選んでいたこれまでの判決の方が量刑基準を変にとらえていたのではないか」。ある法務省幹部は話す。判決は、犯行の悪質さが大きければ、年齢や犠牲者数にかかわらず死刑を適用する意思を明確に示した。
1、2審判決は永山基準に照らしつつ、被害者が2人だったことや、殺害に計画性がないこと、少年の更生可能性を重視して無期懲役とした。一方、最高裁判決は「強姦(ごうかん)を計画し、反抗抑圧や発覚防止のために殺害を決意して実行し、所期の目的を達成している」と指摘、計画性はなくとも死刑回避の理由にならないとした。
差し戻し審判決もこの判断を踏襲した。「罪刑の均衡の見地からも、一般予防の見地からも極刑はやむを得ない」と結論付けた。
検察側は97~98年、死刑求刑に無期判決が出た被害者1~2人の計5事件で、「連続上告」をした。死刑判決が出たのは1件で、残り4件は上告棄却だった。今回の事件も、検察が「死刑」にこだわった数少ない事件だった。
渥美東洋・京都産業大法科大学院教授(刑事法)は「死刑と判断した一番の理由は、殺害態様の残虐性だ。永山基準に照らして検討した結果、何の落ち度もない赤ちゃんを床にたたきつけて殺害したことや、殺害後に姦淫(かんいん)行為に及んだことなど、通常では考えられない犯行の残虐さを重くみた。反省もみられず、軽減理由もゼロだった」と分析。「殺害の残虐性が高い場合は、18歳以上であれば死刑は回避できないという基準を示した」と、他の裁判にも影響が及ぶことを指摘する。
一般市民が重大裁判に参加する裁判員制度が来年5月に始まる。ある検察幹部は「裁判員制度は、ごく普通の市民感情をいかに判決に反映させるかが課題になる」と指摘する。その上で、元少年が差し戻し審で展開した新供述が世論の反発を受けた点が「高裁の判断の一助になったはず」とみる。
弁護団が上告したことで、審理は再び最高裁に戻る。だが、高裁に審理を差し戻した経緯から、弁護団が最高裁で死刑を覆すのは極めて困難な情勢だ。
日本大法学部の船山泰範教授(刑法・少年法)は「弁護団の主張がこれだけ退けられれば、上告審は相当厳しい」と指摘。弁護団の戦術として、「最高裁が83年に示した死刑の判断基準(永山基準)から外れた判決と主張することも可能」とみる。
一方、あるベテラン裁判官は「今回の事件は死刑と無期懲役の境界事例だったが、判決はあくまでも永山基準に照らして判断しており、基準を変更したものではない」と分析、判例違反を主張しても棄却される可能性が高いとの見方を示す。
元裁判官の秋山賢三弁護士は高裁の判断について「最高裁の判決に拘束される差し戻し審ということで、死刑を宣告するしかなかったのだろう」と見る。
1、2審で認めていた殺意を一転して否認し、元少年の新供述を基に起訴事実を全面的に争った弁護側の戦術は完全に裏目に出た。元少年の「ドラえもんが何とかしてくれる」「精子を入れるのは生き返りの儀式」などの言葉は、世論の激しい反発すら招いた。
判決は新供述について、「虚偽の弁解を弄(ろう)したことは改善更生の可能性を大きく減殺した」と批判。「21人の弁護団がついたことで、(被告は)刑事責任が軽減されるのではないかと期待した。芽生えていた反省の気持ちが薄らいだとも考えられる」と弁護団の存在が元少年に不利な状況を招いた可能性を示唆した。
法務省幹部も「弁護方針が正しかったのだろうか。結局、普通の人間が聞いてどう思うかだ。明らかにおかしかった」と指摘する。
なぜ、弁護団はこのような戦術をとったのか。昨年10月までメンバーだった元弁護人は「本来なら法廷で出す必要のない言葉。世間では弁護団がストーリーを言わせていると思われているが、被告をコントロールしようと思っても無理」と明かし、ありのままの被告を見てもらう弁護方針だったと話す。
主任弁護人の安田好弘弁護士は「もっと証拠を出すべきだったなどの反省点はあるが、歴史に堪えうる弁護だった。(事実を隠し、情状だけ主張するのは)弁護士の職責として、成り立たない。真実を出すことで(被告に)本当の反省が生まれる」と、正当性を主張した。
専門家の間には、少年事件の弁護の難しさを指摘する声もある。
加害少年のケアに取り組む精神科医は「事件を起こしたり被害を受け傷ついた場合、状況の変化や与えられた情報によって発言が変わる可能性がある」と指摘し、「少年事件では事件直後の証言の記録が重要だ」と提言する。別の臨床心理士も「発生から8年が過ぎた公判で、過去の精神状態についての証言が本当に真実を語っているかを確かめるのは難しいだろう」と話す。
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■ことば
最高裁第2小法廷が83年7月、連続射殺事件で4人を殺害した永山則夫元死刑囚に対する判決で示した。(1)事件の罪質(2)動機(3)事件の態様(特に殺害手段の執拗=しつよう=性、残虐性)(4)結果の重大性(特に殺害された被害者の数)(5)遺族の被害感情(6)社会的影響(7)被告の年齢(8)前科(9)事件後の情状--を総合的に考慮し、刑事責任が極めて重大で、やむを得ない場合に死刑も許されるとした。以降の死刑適用指針となった。
毎日新聞 2008年4月23日 東京朝刊