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「戦後の朝鮮人学校閉鎖は人権侵害」 救済申し立てへ

2008年04月23日

 戦後まもなく、植民地支配から解放された在日朝鮮人たちがつくった朝鮮人学校に対し、文部省が48年に児童らの日本の学校への就学や日本語教育の義務づけを通達するなどして、閉鎖に追い込んだのは不当な人権侵害に当たるとして、大阪府や埼玉県に住む当時の教員や児童が24日、日本弁護士連合会人権擁護委員会に人権救済を申し立てる。

 連合国軍総司令部(GHQ)が「非常事態宣言」を出すほど抵抗が激しかった兵庫と、警官隊の発砲で在日朝鮮人が死亡した大阪の運動は「4・24阪神教育闘争」と呼ばれ、60年の節目に向け、市民団体が関係者からの聞き取りなど準備を進めていた。

 申し立てるのは、大阪府東大阪市の住職、金蒼生(キム・チャンセン)さん(66)ら数人。「通達などによる学校閉鎖は、民族的集団を破壊する意図で児童を集団的、強制的に移動することを禁じたジェノサイド条約に違反する」と主張。運動への弾圧についても、国の責任の明確化を勧告するよう求める。

 同調査団などによると、朝鮮人学校は、戦時中の使用禁止などで母国語を話せなくなっていた在日朝鮮人たちが、民族の言葉を取り戻そうとつくった。48年時点で約6万人が学んでいたが、GHQと日本政府は、日本の学校教育法を無視した「治安問題」ととらえて通達を出し、各都道府県は学校閉鎖などを命令。53年までに約4万人が日本の学校に移ったとされる。

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