証券最大手の野村証券で、企業のM&A(合併・買収)を助言する社員がインサイダー取引の疑いで東京地検特捜部に逮捕された。本格的なM&A時代を迎え、証券会社には企業の再編を助けて資本市場、さらに日本経済の活性化を支える役割が期待されていた。その立場を逆手に取る不正が買収ブームの裏で起きていたのは重大だ。当局は厳しく対応し、業界も再発防止を急ぐべきだ。
容疑は、顧客のM&A情報を使って株を売買していたというものだ。深刻なのはまず、証券会社のなかでも企業の最高機密であるM&Aを扱う部門が舞台になった点である。社員が属していた「企業情報部」は企業の内部事情を知り、どのようなM&Aが望ましいかを提案する。機密を守る義務があるのはもちろん、企業にインサイダー取引の芽を摘むよう助言する立場ですらある。
次に、M&Aが日本経済の活性化に欠かせない局面での事件という点だ。社員が取引に手を染めたのは2006―07年。03年まで年2000件前後だった日本企業のM&Aが、同3000件に膨らんだ時期と重なる。グローバル競争が本番を迎え、企業は本業でない子会社の売却、少子高齢化による消費減に備えた業界内の統合、成長を目指す外国企業の買収などに動き出したのだ。
野村はM&Aに関心を高める企業からの信頼を集めていた。調査会社トムソンファイナンシャルによると、昨年はM&Aの財務助言の実績で首位となり、文字通り日本のM&Aを担う証券会社になった。にもかかわらず、相談を受ける側の社員が顧客企業のM&A情報を個人的な利益のために使ったとなれば、企業は証券会社を信頼できず、M&Aにもためらいが生じるだろう。
野村は情報管理の甘さを洗い出し、一刻も早く再発防止策を取らねばならない。1990年代には企業への損失補てん、総会屋への利益供与という不祥事を起こし、社会の信頼を裏切った。特に97年の総会屋事件ではトップが「3度目を起こしたらつぶれる」と再生を誓ったはずである。11年前の緊張感を思い出してほしい。業界を挙げて社内の規律や規定を再点検するのは当然だ。
大手証券では社員の国籍の多様化が進んでいる。個人投資家にも国際分散投資が定着し、企業もグローバル化を進めている以上、自然のことである。摘発の対象になったのは今回は中国人社員だが、今すべきことは世界の資本市場の共通ルールである法令順守の徹底であり、多様化を後退させることではない。