野村証券の中国人の男性社員がインサイダー取引の疑いで逮捕された。M&A(企業の合併・買収)の仲介を業務とする企業情報部というセクションに在籍し、そこで得た内部情報を別の中国人に漏らし、株式売買で利益を得ていた。
M&Aの仲介は、証券会社にとって主力業務と言っていい。値下げ競争の結果、株式などの売買仲介手数料の比率が下がり、新たな収益の柱とするため、証券会社は積極的にM&Aの仲介業務に取り組んできた。
顧客企業の要請を受ける形での仲介から、証券会社自らが提案してM&Aを実現させるビジネスを拡大してきた。
情報が事前に漏れれば、M&A自体が成立しなくなる恐れもある。そのため、証券会社は当事者となる企業に厳格な情報管理を求めている。
しかし、その証券会社の社員が、インサイダー取引をしていた。一般株主に対する裏切り行為であるだけでなく、顧客企業の信頼も失い、自らビジネスの基盤を破壊する行為でもある。
この分野で野村証券は国内最大で、社員個人が行った犯罪であったとしても、それですますことはできない。企業としての責任も大きい。
中国人社員は、自分や家族の名義で売買しなければ発覚しないと思ったのだろう。同じ時期に京大に在学した別の中国人の兄と弟に情報を漏らし、株式の取引をしていたようだ。
しかし、不正行為のチェック態勢もかなり整備されている。甘く見ていたに違いない。
株式取引は06年の春ごろから始まり、1年余りの間に40を超える銘柄を売買していた。うち約20銘柄は、野村証券が関与して実施されたM&Aの関連銘柄だったという。
海外で拡大する証券業務で収益をあげようと日本の証券会社も外国人の採用を積極的に行っている。しかし、国籍が違っていても問題が起こらないよう社員教育を徹底する必要がある。
野村証券も法令違反はないか厳密な管理・監督を行っているはずだが、職員に対する教育が十分だったのか、見直すべきだろう。
一方、ここ数年の市場の活況を背景に、外資系を中心に、証券会社の役職員が法外な報酬を得るケースが目立った。そうした証券業界を取り巻く雰囲気が温床となり、金銭に対する感覚が鈍ったという面がなかったのかについても、チェックすべきだ。
日本経済新聞の広告局社員、NHKの報道記者、さらには公認会計士と、このところ摘発された例をみると、職業倫理の明らかな欠如から、インサイダー取引につながったケースが目につく。
野村証券の社員の場合もそうで、職業倫理について、改めて問い直してみることが必要だ。
毎日新聞 2008年4月23日 東京朝刊