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社説:母子殺害死刑判決 厳罰化の流れが強まるが

 山口県光市で99年に起きた母子殺害事件の差し戻し控訴審で、広島高裁は当時少年の被告に求刑通り死刑を言い渡した。最高裁が「量刑は不当で、著しく正義に反する」と、無期懲役の原判決を破棄して審理のやり直しを命じていた。

 1、2審判決は、被告の年齢が18歳30日で、母子殺害の計画性はなく、不遇な家庭環境や反省の情の芽生えなど同情すべき事情を認めた。その上で、更生の可能性を指摘して死刑を回避した。

 差し戻し裁判で被告は事実関係自体を争ったが、高裁は「罪に向き合うことなく、死刑を免れようと懸命なだけ」と退けた。

 死刑を選択すべきかどうかの指標は、4人を射殺した永山則夫元死刑囚(犯行当時19歳)に対する83年の最高裁判決が用いられてきた。犯行の罪質、殺害手段の残虐性、被害者の数、被告の年齢など9項目を挙げ、総合的に考慮しても、やむをえない場合に死刑の選択が許されるとした。

 今回の事件で最高裁はこの基準を引用しながら「被告の責任は誠に重大で、特に酌むべき事情がない限り死刑を選択するほかない」と判断し、凶悪であれば、成人と同様に原則として死刑適用の姿勢を示した。事実上、永山判決のものさしを変えたといえる。凶悪事件が相次ぐ中、量刑が社会の変化に左右される側面は否めず、厳罰化の傾向を反映したとみていい。

 しかし、少年法は18歳未満の犯罪に死刑を科さないと規定している。永山判決以降、少年事件で死刑判決が確定したのは殺害人数が4人の場合だ。

 死刑は究極の刑罰で、執行されれば取り返しがつかない。「その適用は慎重に行われなければならない」という永山判決の指摘は重い。しかし、死刑判決は増えているのが実情だ。

 遺族は法廷の内外で、事件への憤り、無念さ、被害者・遺族の思いが直接、伝わらない理不尽さを訴えてきた。被害感情を和らげるためにも、国が総合的な視点に立った被害者対策を進めるのは当然だ。

 差し戻し裁判を扱ったテレビ番組について、NHKと民放で作る放送倫理・番組向上機構の放送倫理検証委員会が「一方的で、感情的に制作された。公平性、正確性を欠く」とする意見書を出した。真実を発見する法廷が報復の場になってはならない。バランスのとれた冷静な報道こそが国民の利益につながる。メディアは自戒が求められている。

 来年5月に裁判員制度が始まる。市民が感情に流されない環境作りが急務だ。死刑か無期かの判断を迫られる以上、市民は裁判員になったつもりで今回の事件を考えてみる必要があるのではないか。

 被告は上告した。最高裁には裁判員制度を控えて、国民が納得できる丁寧な審理を求めたい。

毎日新聞 2008年4月23日 東京朝刊

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