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変わるか、死刑の臨界点 光市母子殺害

2008年04月22日23時32分

 22日に言い渡された山口県光市の母子殺害事件の控訴審判決で、元少年に対する量刑は死刑に変わった。判決は、従来の死刑適用基準のあり方が変わってきたことを印象づける内容。約1年後に始まる裁判員制度のもとでは、死刑が増えるのではないかという見方も広がっている。

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光市母子殺害事件の差し戻し控訴審が開かれた広島高裁の法廷=22日午前、広島市中区、代表撮影

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■「ウソの弁解」

 「彼は犯罪事実を認めて謝罪し、反省していた。それを翻したのが一番悔しい」。妻と幼い娘を奪われた本村洋さん(32)は判決後の記者会見で語った。「最後まで事実を認めて誠心誠意、反省の弁を述べてほしかった。そうしたら、もしかしたら死刑は回避されたかもしれない」

 「犯した罪の深刻さと向き合うことを放棄し、死刑を免れようと懸命になっているだけ」。22日の広島高裁判決は、上告審で弁論期日が指定されて「死刑」の可能性が高まった後で、起訴から6年半もたって全面的に争う姿勢に転じた元少年の態度をそう評価した。「反社会性の増進を物語っている」とまで言い切り、「反省心を欠いている」と断じた。

 また、判決は末尾部分で最高裁が2年前、審理を差し戻すにあたって「犯罪事実は揺るぎなく認められる」と述べたことに言及し、「今にして思えば、弁解をせず、真の謝罪のためには何をすべきかを考えるようにということを示唆したものと解される」と述べた。にもかかわらず「虚偽の弁解」を繰り広げたことで「死刑回避のために酌むべき事情を見いだす術(すべ)もなくなった」というのが判決が示した論理だった。読み方によっては、上告審の途中でついた弁護団の「戦術」が不利な結果を導いたとも受け取れる。

 しかし、弁護団は判決後もあくまで「真相」にこだわった。主任弁護人の安田好弘弁護士は記者会見で「犯罪事実が違っていては真の反省はできない。死刑事件では反省の度合いより、犯行形態や結果の重大性が重視されてきた。反省すれば判断が変わったというのか。高裁の指摘は荒唐無稽(こうとうむけい)だ」と批判。別の弁護士も「こんな判決が出るようでは、事実を争うことがリスクになってしまう」と語り、天を仰いだ。

 大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件(01年)で死刑が執行された宅間守・元死刑囚の主任弁護人として「情状弁護」に徹した戸谷茂樹弁護士も「事実を争ったことが死刑とする絶好の理由とされた」という。「ただ、被告人の主張をなかったことにはできないのだから、弁護団を責めることはできない」と話した。

■厳罰求める世論

 今回の死刑判決は、来年5月に始まる裁判員制度にどんな影響を与えるのか。

 最高裁が差し戻す判決を出したときに、「これまでの判例より厳しい」と感じた裁判官は多い。「少年事件であるため死刑をちゅうちょしてきた裁判官には、重大な影響を及ぼすだろう。あとは、裁判員がどう考えるかだ」とあるベテラン刑事裁判官は話す。

 被告が少年であることは量刑にどう影響するか。最高裁の司法研修所が05年、国民にアンケートしたところ、約25%が「刑を重くする要因」、約25%が「刑を軽くする要因」と答え、「どちらでもない」が約50%だった。裁判官は9割以上が「軽くする要因」と答え、その違いが浮き彫りになった。ただ、裁判員制度が始まると死刑判決が増えるかどうかは別の問題で、裁判官の間でも意見は分かれる。

 厳罰を求める世論に加えて、「被害者参加制度」も今年中に始まる。犯罪被害者や遺族が法廷で検察官の隣に座り、被告や証人に直接問いただしたり、検察官とは別に「死刑を求めます」と独自に厳しい求刑ができたりするようになる。このため、「死刑が増えるのでは」との見方がある一方で、「やはり究極の刑を科すことには慎重になる市民が多いのでは」との意見も少なくない。

 別のベテラン裁判官はこう話す。「『どんな場合なら死刑になる』と立法で定めるならともかく、現行法では裁判員にとって分かりやすい基準をつくるのは難しい。結局は事件ごとに市民に真剣に悩んでもらい、それが将来、新たな基準をつくっていくことになるのだろう」

 死刑を執行する立場の法務省も世論を強く意識する。ある幹部は「裁判員制度の導入が決まったころはかえって死刑判決が減るとの見方もあった。だが、最近の報道や世論を見ていると、どうも逆ではないかとも思う」と話した。

■分かれる判断

 今回の判決を専門家はどう受け止めたのか。

 菊田幸一・明大名誉教授(犯罪学)は「永山基準が拡大されたかたちになり、影響は大きい」と話す。

 永山基準は83年に示された死刑適用の指標だ。(1)犯行の性質(2)犯行の態様(残虐性など)(3)結果の重大性、特に被害者の数(4)遺族の被害感情(5)犯行時の年齢――などの9項目を総合的に考慮してきた。

 83年以降、被告が犯行時に未成年だった事件で死刑が確定したのは3件(1件は一部の犯行が成人後)で、いずれも殺害人数は4人だった。

 元神戸家裁判事で弁護士の井垣康弘さんは「本来は永山基準に至らないケース。無期懲役になると思っていた」。永山基準では、殺害人数が4人で殺害の機会もばらばらだったのに、今回は「2人」で「同一機会」だった点に注目する。「この判決が確定したら、永山基準はとっぱらわれ、死刑が増えるだろう」

 死刑もやむを得ないという識者もいる。丸山雅夫・南山大法科大学院教授(少年法)は「『死刑を回避するのに十分な、とくに酌むべき事情』について、弁護側は立証できなかった」と指摘する。

 後藤弘子・千葉大大学院教授(同)は「基準自体が変わったのでなく、基準にあるどの項目を重視するかが変わってきた」。(3)や(5)でなく、(2)や(4)を重くみた判決で、今後は無期懲役が減り、死刑が増える可能性があるとみる。

 最高裁の裁判官でも、死刑についての判断は分かれる。

 2人を射殺した被告をめぐり、今年2月、最高裁第一小法廷の裁判官5人のうち、3人が無期、2人が死刑を選んだ。才口千晴裁判官は「裁判員制度の実施を目前に、死刑と無期懲役との量刑基準を可能な限り明確にする必要がある」との意見を述べた。

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