憂楽帳

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憂楽帳:コウガイビル

 名前のないものほど怖いものはない。何年か前の6月の蒸し暑い夜、自宅の前で奇妙な生物に遭遇した。のび切った1本のラーメンにしか見えない物体が、じわじわとアスファルトの上を進んでいるのだ。ぬめった黄色い体は50センチほどもあったろうか。あまりの不気味さに悲鳴を上げそうになった。

 後日、そいつは「コウガイビル」というプラナリアの仲間であることを知った。ちゃんと名前がある生き物だと分かり、初めて安らいだ。もしかしたら、われわれの日常は、なにやらわけの分からないものや出来事に名前をつけ、輪郭を与えては安心することの繰り返しなのかもしれない。

 波紋を広げている後期高齢者医療制度も「長寿医療制度」というめでたげな名がつけられた。これで国民も安心するだろうと政府は考えたのかもしれない。だが、勝手に「後期」と分類され、自動的に年金から保険料を天引きされるお年寄りの気分はどうだろう。「えたいの知れない生き物みたいに扱うな」。そんな怒気を含んだ声が聞こえてくる。【清水忠彦】

毎日新聞 2008年4月21日 東京夕刊

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