【また広島から その2】
原稿の締め切りと「光市母子殺害」の公判 http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/yamaguchi_hikari_murder/ がちょうど重なってしまったこともあり、今回は公判を法廷で傍聴できたのは最終日だけだった。毎回の集中審理の最終日(3日目)に遺族の本村さんと、弁護団の会見が両方行われる。初公判の日はほぼ同じ時間帯で重なっていて両方に出席することは困難だったが、2回目以降は時間帯が重なっていないので両方に出席することができる。ほかのメディアの記者もだいたい同じだ。
いま弁護団はこの公判後の会見の場が唯一の「取材場所」だ。一方、本村さんの側も公判開始以降は原則として単独のインタビュー取材はなく、この会見が恐らく唯一の場だろう。ただし、そうはいっても「原則として」なので、たとえば弁護団側の場合は毎日の公判終了後に、記者たちとの「懇談」という形で話をできる場が設定されている。メディアでは常に本村さんの会見での「公判を傍聴しての感想・意見」が詳細に報じられるが、実は弁護団側との懇談や会見でも重要なやり取りや話があって非常に興味深い。
たとえば公判終了後の会見で本村さんは、「事件後に司法解剖をした人の意見が一番正しいと思う。写真だけをみた(弁護団側の法医)鑑定は信じられない」と話した。検察側は「(被害者の)喉仏(のどぼとけ)の部分を両手親指で指先が真っ白になって食い込むまで強く押さえ付けた」と主張している。
だが、これに対して弁護団側の話によると、99年4月の事件直後の最初の法医鑑定でも「左手、片手で絞めた可能性がある」ということが述べられているという。「検察側はこの鑑定書を読んでいない。検察側の主張は『過失』ではなく、『ねつ造』された」という弁護団の主張は十分筋が通るものだ。
2日目の弁護側の法医鑑定の証人として証言した大野曜吉氏は、被害者の女性の左あご付近にある創傷に注目し、その傷は被告が当時着ていた作業服の袖口付近にあるボタンによってできたできた傷ではないかと述べた。
弁護団からその遺体の創傷の写真のコピーを見せてもらったが、直径1・2センチの丸い傷は袖口ボタンの大きさとほぼ同じだという。さらにその拡大写真からは「傷の中にもう一つ小さな輪のような傷跡」が見えるという。作業服のボタンはいわゆるボタン穴にはめるタイプのものではなくて、二つのボタンが重ね合わさるタイプのものだ。当時被告が着ていたものと同じ作業服を入手した弁護団はそれを見せてくれたが、確かにボタンの中にもう一つ輪がある。
被告は犯行当時腕まくりをしていて、ちょうど「スリーパーホールドで絞めた」場合に、その袖口のボタンがあごの辺りに食い込むという説明は十分納得できる。
本村さんの会見での話は、やはり感情的には納得できるし説得力もある。一方、安田弁護士は「誤った事実の上に立つ感情はない」と話す。安田弁護士は会見の場でも何度も口癖のように「事実」と繰り返す。そして「まず事実」と言う。僕にはこの「まず」という部分が一際強く聞こえてくる。
裁判にかかわらず、報道やジャーナリズムにとって「事実」は最も重要なことだ。何が事実なのかを解明するためにみんなそれぞれ取材をしている。本当に何をいまさら当たり前のことをと言うかもしれないが、この裁判は「死刑か、無期か」という量刑の問題の前に、まず事実をもう一度調べなおす機会としてのやり直しの差し戻し控訴審だということに気づく。
「今までの一審・二審は何だったのか」と以前会見で本村さんは話していたが、実は弁護団側も同じことを話している。双方の会見の場の話を聞いていると、「死刑反対の弁護団」対「死刑を求める遺族」というメディア的な対立図式が崩れ始めているとも思えてくる。そして、テレビを見るとまたわからなくなる。
この国は「テレビ国家」だ。今度の参院選挙では自民が劣勢で、その負け方・負け幅はわからないが、間違いなく負けると僕は思っている。それはやはり、あれだけ朝から夜まで「年金未記録問題」をニュース・ワイドショー・情報番組でずっと継続して取り上げれば、みんな不信感と不安を抱くだろう。しかも、どこのチャンネルも番組も、「被害者」の側から政府・自民党の責任を追及しているのだから。
この国はテレビが何を、どう、どんな側からどんな方向で取り上げて報道するかで、世論がどんな形と方向に進むかが決まるとしか思えなくなるときがある。それは悪い方向のときが多いが、ときに良い方向もあるだろう。したがって、この光市裁判のテレビ報道を見れば、裁判に対して、被害者遺族の男性に対して、弁護団に対して、世論がどんな感情を抱くかはご覧のありさまだ。
ちょうど、『これでいいのか!? 「光市母子殺害」裁判報道』という原稿を書き終わった(来月発売の月刊「創」http://www.tsukuru.co.jp/ に掲載)。それから、リニューアルした「アジアプレスネットワーク」のサイト http://www.asiapress.org/apn/ と、YAHOOの動画サイトhttp://streaming.yahoo.co.jp/p/t/00348/v01642/ に、この光市裁判の弁護団会見の映像をもうすぐ配信する予定だ。前回6月の公判後の会見から何回かに分けて順番にアップされる。誰でも視聴できますのでぜひご覧ください。
「なぜ被害者遺族の男性の会見は掲載しないのか? 不公平じゃないか」と思う人がいるかもしれないが、それはテレビや新聞を通じて十分にすでに伝えられていると思うからだ。逆にマスメディアに対して、「弁護団側の方の言い分をもっと」と言ってほしい。
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綿井健陽 WATAI Takeharu
Homepage [綿井健陽 Web Journal]
http://www1.odn.ne.jp/watai
映画「Little Birds~イラク戦火の家族たち」
公式HP http://www.littlebirds.net/
DVD発売・各地で上映中
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