【また広島にて その2】
▼「光市母子殺害事件」被告弁護団会見の映像(7月公判)
http://streaming.yahoo.co.jp/p/t/00348/v01642/
※前回7月公判分の6~9回目分(全9回)がようやくアップされました。
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光市裁判の2日目の昨日(19日)も、傍聴することはできなかった。http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/yamaguchi_hikari_murder/
前回までは知り合いの人を通じて何とか傍聴券を入手できたのだが、今回は厳しい状況だ。昨日はあの阿蘇山大噴火さん http://www.nikkansports.com/general/asozan/top-asozan.html も傍聴券の列に並んでいた。今回法廷の中に入ったのかどうか知らないが、東京地裁にほとんど毎日通っているという裁判ウォッチャーだ。ほかにもこの裁判の傍聴記を新聞・雑誌などに毎回書いている人も列に並んでいる。
しかし、僕はいわゆる裁判ウォッチャーではない。公判の傍聴だけではやはりこの事件や裁判の意味・重大性・真相を理解することは難しいと感じている。とはいうものの、やはり傍聴しないと感じ取れないことも多々あるので困ったものだ。
メディア報道によると、昨日は被告の元少年が法廷で「涙を見せて」「泣きながら」「声をつまらせて」話したということなのだが、果たしてその度合いや様子・声などの詳細を、自分の目と耳で実際に確認していないので何とももどかしい。それを聞いて最初は、被告が「泣いた」ということをメディアは殊更強調して取り上げるのではないかと僕は思ったのだが、その予想は外れたようだ。「さらっと」流すか、そこにはあえて触れなかった番組もある。
よく考えるとなるほど、この裁判は被害者に関しての報道は気持ちや感情が最優先だが、加害者の方に対しては徹底して突き放した視線しかない。たとえ笑っても、泣いても、怒っても、淡々と話しても、強く否定しても、何をしても「無反省、無謝罪、無責任、無信用」の文脈と印象に結び付けられるということなのか。
そして報道がヒートアップするのは恐らく今日だろう。被害者遺族2人が法廷で意見陳述する。本村洋さんと亡くなった女性の母親だ。これに関しての報道、そして様々な人がまた論評するのだろう。また感想を言うのだろう。また「本村さんのことを思うと…」と前置きして話すのだろう。
その前置きの後に続く言葉や内容にみんな同意する。うなづく。見ている人もみんな「そうだ、そうだ」と締めくくり。「さて次のニュース…」と話題が移る。
マスメディアは本来、いわゆる世間での言われなき偏見やデマ・噂・間違いなどを修正するために役に立ち、様々な事実に対して、様々な視点・論点・意見を世の中に提供するためにあると思っている。しかし、この裁判の報道に関してはマスメディアは全く逆の方に、しかもそれが一斉に振り切れて固定されたままずっと動いている。
弁護団もこれまで強調しているように、論評や評価は確かに自由なのだが、それがどんな前提や事実に対して行われているものなのかは重大責任がある。以前も書いたと思うが、安田好弘弁護士が言うように、「誤った事実の上に立つ感情」。これは最も危険な感情だと思う。この裁判の弁護団の一人である今枝仁弁護士がブログでこの公判のことを書き始めた。今後マスコミの「誤報」に関しても逐一指摘をしていくようだ。http://beauty.geocities.yahoo.co.jp/gl/imajin28490
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綿井健陽 WATAI Takeharu
Homepage [綿井健陽 Web Journal]
http://www1.odn.ne.jp/watai
映画「Little Birds~イラク戦火の家族たち」
公式HP http://www.littlebirds.net/
DVD発売・各地で上映中
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