気候変動とエネルギー資源の制約、新興経済国の急成長、発展途上地域の人口増加、投機資金の流入による国際商品価格の高騰など、地球規模の変化に伴う様々なひずみが重なり合い、「食糧危機」という形で世界に襲いかかろうとしている。
命と暮らしを左右する危機をどう食い止めるか。国連は6月中にも「食糧サミット」を開き、7月の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)でも食糧が重要議題になる見通しだ。日本も問題解決へ重い責任を負う。
投機沈静へ長期展望を
コメや小麦、トウモロコシ、大豆など主要穀物の価格の暴騰は、異常事態と呼ぶべきだろう。シカゴ商品先物市場の価格推移をみると、いずれの品目も3年前の約3倍に上昇している。特にコメはここ2―3カ月間の値上がりが著しく、国民の所得水準が低い発展途上国で深刻な社会問題を引き起こしている。
ハイチでは暴動が広がり、多くの死傷者が出た。タイの農村ではコメ泥棒が横行し、農家が自警団を組織している。アフリカ諸国でも抗議デモや暴動が収まらない。
価格高騰によって、既存の援助の枠組みで調達できる食糧の量も減った。日々の生活の糧が手に入らない人々に対し緊急支援を急ぐ必要がある。世界銀行のゼーリック総裁は国連を通じて5億ドル規模の食糧支給を提案し、これを受けてブッシュ米大統領は2億ドルの援助を表明した。
日本も率先して具体的な支援策を明示すべきだ。世界貿易機関(WTO)の合意でミニマムアクセス(最低輸入量)を義務づけられたコメの在庫は今年3月末時点で約130万トンある。途上国援助の外交手段として活用する好機と考えたい。
ただ、こうした途上国への支援は対症療法にすぎない。中長期的には国際社会が協調し、世界規模で食糧の需給均衡に向けた方策を探る必要がある。今回の危機を教訓に一連の国際会議で議論を深めるべきだ。
農業生産や食糧確保に関する問題では各国の利害が対立しがちだ。今回も食糧危機の不安に駆られた国々は「自国民の食を守るためには外国の事情などにかまっていられない」というのが正直なところだろう。
事実、食糧の輸出規制の動きは世界各国に広がりつつある。ロシアは小麦と大麦に輸出関税をかけ、国外流出を抑制し、ウクライナも穀物の輸出枠を縮小した。ベトナムやカンボジアもコメの輸出を禁止した。
世界最大のコメ輸出国、タイの動きも気になる。タイはコメの輸出価格について、インド、ベトナムと協議に入るという。世界のコメ輸出市場でこの三国のシェアは合計約60%。コメ版の石油輸出国機構(OPEC)のような輸出国カルテルを目指す動きなら、看過できない。
輸出規制の広がりは供給不足への不安感をあおり、穀物価格をさらに押し上げる要因にもなる。規制緩和や自由貿易の流れに逆行し、管理貿易に走る各国の動きに歯止めをかけるため、主要国首脳は強いメッセージを世界に向けて発すべきだ。
投機資金の穀物市場への流入も無視できない。米国の金融不安が引き金となり証券などからシフトした資金が原油などと同様に穀物相場も押し上げた。現在の価格水準は「穀物バブル」とも呼べる金融要因で3―4割かさ上げされているという。
地球温暖化が焦点となり、バイオ燃料への期待が高まったことも食糧問題に影響している。トウモロコシなどから生産するエタノールへの需要が高まるとの思惑が価格高騰の一因だし、燃料用の需要増は食用としての供給制約要因になるからだ。
日本も農業改革進めよ
エタノール生産を奨励する米ブッシュ政権は「農業補助金」を抑える代わりに、燃料生産の支援制度や穀物相場上昇によって国内の農家を支えているという側面も指摘できる。
たとえ投機や不安心理が鎮まっても、中長期的に食糧価格が安定する保証はない。世界的に食糧不足が進む可能性が否定できないからだ。
需要面では中国やインドなど新興経済大国で中間層の人口が増え、食生活も豊かになってきた。世界の食糧をのみ込む巨大な胃袋は今後も膨らみ続けるだろう。66億人を超えた世界人口は今世紀半ばに90億人に達すると予測されている。
供給面では気候変動、原油高、水資源の制約などが生産に影響を及ぼす。干ばつが続くオーストラリアでは昨年の麦類の生産が例年より4割減り、コメは最盛期の100分の1に激減した。アジアではパーム油などバイオ燃料の原料生産を優先し、食用穀物の作付けが減った地域もある。
日本も安閑としてはいられない。今回の危機は、食料自給率がカロリーベースで39%まで低下した日本にも食糧危機が起きうるという警鐘と考えるべきだ。生産性を高め、国際競争力のある農業にするための日本の改革の遅れが心配である。