●定着までの時間がかかる新たな規格 登場前の大きな期待と裏腹に、ようやく登場した製品がどうもパッとしない、というのは決して珍しい話ではない。USBでさえ、普及するのにかなりの時間を要した。 USBに初めて対応したIntelのチップセット(Pentium対応の430VX/430HX)が登場したのは'96年2月のこと。これにWindowsがようやく対応したのが同年10月のWindows 95 OSR2で、この8カ月の間、USBポートは単なる穴ボコだったことになる。このOSR2もOEM向けのアップデートであり、一般に広く提供されたものではなかった上、互換性問題が多く指摘されるなど、USBの船出は決して順調なものではなかった。 こうした問題にソフトウェアとハードウェアの両方が対処し、USBが一般に広く利用されるようになったのは、'98年のこと。同年4月にリリースされたIntelの440BXチップセットにアップデートされたUSB 1.1が採用され、同年6月にWindows 98がリリースされるのを待つ必要があった。実際に、ソフトウェア面で一通りの完成を見たと言えるのは、翌年6月のWindows 98 Second Editionであり、最初にUSB対応チップセットが登場してから3年以上の歳月を必要としたことになる。 というわけで、新しい規格が世に出て広く使われるようになるまで、少なからぬ時間を要することは決して珍しいことではない。USBでさえ3年かかった、という事実を覚えておく必要がある。 と言いわけををしたところでUWBだ。UWBも、登場前からメディアを賑わした技術で、ついには2006年1月、IEEEでの標準化が取り下げられるなど、話題には事欠かなかった。IEEEでの標準化を断念した後、WiMedia/MB-OFDM陣営のワイヤレスUSBと、DS-UWB陣営のケーブルフリーUSBの2つの陣営に分かれて、市場での競争により勝者を決めることになったものの、肝心な商品がなかなか出てこない。2006年10月に発売されたワイ・イー・データのワイヤレスUSBハブも、エンドユーザー向けの商品というより、製品化を検討している企業向けのサンプル的な存在だった。ThinkPad T61シリーズにワイヤレスUSBのオプションがあることを知り、実際にこのオプション込みで購入している人がどれくらいいるのだろうか。 ●ワイヤレスUSBを搭載してきたNEC「LaVie J」
そういう意味では、2008年2月に発表されたNECのLaVie J(LJ750/MH)は、ワイヤレスUSBに対応した初の本格的PC、と言えるかもしれない。オプションではなく、量販店の店頭に並ぶカタログモデルに標準搭載されている上、ワイヤレスUSB用の周辺機器(ワイヤレスUSB Hub)まで添付されており、購入したらすぐにワイヤレスUSBを使えるようになっているからだ。 筆者もさっそく、LaVie JのワイヤレスUSB機能をテストしてみて、ちゃんと動作することを確認したのだが、これをどんな用途に使えば良いのか、とう点で頭をひねらざるを得なかった。1バンド(WiMediaが定義するBand Group1のバンド#3)しか利用しないLaVie JのワイヤレスUSBでは、HDDのようなストレージを接続するには帯域の点で不満が残る(UWB/ワイヤレスUSBは同時に利用可能なバンド数が増えれば増えるほどデータ転送速度が向上する)。Isochronous転送をサポートしていない現行のワイヤレスUSBでは、USB対応アナログレコードプレイヤーのようなオーディオデバイスは接続できない。 消費電力の問題なのか、屋外でUWBを利用できないという制約からくるものなのか、ACアダプタを接続していないと使えない、というのもLaVie JのワイヤレスUSBに課せられた制約の1つだ。理想を言えば、ノートPCをデスクトップで利用する際の外付け周辺機器をすべてワイヤレスUSBハブに集約できてしまえば良いのだが、なかなかそうはいかないのが実情である。 ●ディスプレイの無線化を試みる ワイヤレスUSBはどうしたものかと思いつつ訪れた上海のIDFで、興味深いデモを見た。それは、ワイヤレスUSBハブに接続したUSB-VGAアダプタで、画面表示を行なうもの。聞けば、Isochrnous転送のサポートは不要で、1バンドのみの利用で動作しているという。もしこれがうまく動くようなら、いちいちディスプレイケーブルを接続しなくても、帰宅してACアダプタを接続するだけで2画面が利用可能になる。 早速、中国から帰国して、USB-VGAアダプタを購入してみた。購入したのはバッファローの「GX-DVI/U2」とアイ・オー・データ機器の「USB-RGB/D」の2製品だ。いずれも1万円前後で市販されている。バッファローのGX-DVI/U2の方が小型軽量で、バスパワーの給電を示すLEDがあるなど使いやすいが、アイ・オー・データ機器のUSB-RGB/Dは、内部と筐体の二重シールドにより耐ノイズ性の高さが期待される、など一長一短というところだ。 両者とも基本的にはDisplayLinkのDL-160チップを用いたUSB 2.0対応のグラフィックスアダプタで、バスパワー駆動される。サポートする最大解像度は1,600×1,200ドットで、デジタル出力とアナログ出力の両方をサポートする。ちなみに現在、Mac対応のベータドライバが同社のサイトからダウンロード可能だ。今回、ついでに試してみたが、GX-DVI/U2とUSB-RGB/Dの両方で利用可能だった(ベータドライバでは2Dグラフィックスアクセラレーションが有効でないため、ウィンドウの移動時等、ちょっともたつく)。
さて、これらのアダプタを実際にワイヤレスUSB Hub経由で利用してみた。どちらもVGAアダプタとして画面出力は行なわれるのだが、動画再生ウィンドウを開くなどすると、データ転送が間に合わなくなるのか、画面が更新されなくなってしまう。こうなると、付属のユーティリティ(タスクトレイに常駐する)で「無効にする」といった処理もできなくなり、1度ワイヤレスUSBハブからケーブルを抜く、といった措置が必要になる。これはGX-DVI/U2、USB-RGB/Dともに見られた。 ただし、いずれのデバイスとも、ケーブルでPC本体に直接接続すると動画の再生も一応可能であったし、データ転送が間に合わない場合に動画のコマ落ちが見られるものの、画面が更新されなくなる、ということはなかった。このことからすると、問題はワイヤレスUSB側にあるとも考えられる。 ●Intelはチップセットへの統合の予定なし いずれにしても、ワイヤレスでセカンダリディスプレイをつなぐ、という筆者の目論見ははずれてしまった。第一世代の技術というのは、何かと制約が多いものだ。現在のワイヤレスUSBが抱える、1.Isochronous転送ができない、2.利用可能な帯域が狭い、3.消費電力が大きいという問題のうち、1についてはすでに対応したシリコンが登場している。2についてもIDFではWiMediaのBand Group 1(3.168〜4.752GHz)とBand Group 3(6.336〜7.952GHz)の両方に対応したチップのデモを見ることができた。各Band Groupは3つのバンド(各528MHz、理論上の最大データ転送レート480Mbps)で構成されており、同時に複数バンドの利用が可能になれば、ワイヤレスUSBで利用できるデータ転送レートはグンと上がるのだが、すべての国ですべてのバンドが利用可能ではない。また、複数バンドの同時利用は、消費電力にも響いてくるだろう。 現時点では、これらの問題がいつ頃すべて解決するのか、予想がつかない。UWBに熱心だったIntelのDadi Perlmutter副社長に、モバイルプラットフォームにワイヤレスUSBを統合する計画があるかどうか尋ねてみたが、現時点ではその計画はない、という返事であった。 実際には、IntelはワイヤレスUSBに対応したMACチップ(Intel Wireless UWB Link 1480)を発表しており、上海のIDFでも展示を行なっている。が、同社Webサイトにおける同チップの情報はTechnology & Researchの下で、Productsの下ではない。このあたりに、現時点でのワイヤレスUSBの置かれたポジションが集約されているのかもしれない。とはいえ、ワイヤレスUSBはまだ最初の世代の製品が出たばかりの技術。もう少し長い目で見る必要があるだろう。 □関連記事 (2008年4月21日) [Reported by 元麻布春男]
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