金融市場や企業のM&A(企業の合併・買収)の分野で投資ファンドの存在感が増している。「短期的な利益を追求する」として企業経営者や政府と衝突する事例も多く、経済産業省と財務省は16日、電力卸大手、Jパワー(電源開発)の株買い増しを申請した英投資ファンドに中止勧告を出した。その一方、欧米金融機関を支援するなど、経済活動に必要な資金供給を果たす面もあり、評価は分かれている。【坂井隆之】
●総額は88兆円
情報会社のトムソン・ロイターによると、ファンドが買収側となったM&A総額は世界全体で07年は8688億ドル(約88兆円)だった。
日本でも、07年度は国内系ファンドのアドバンテッジパートナーズが、東京スター銀行を買収するなど、大型案件が相次ぎ、買収額は229億ドル(約2兆3000億円)に達した。
過去5年間で9倍に拡大、国内M&Aに占める比率も17%に拡大するなど、ファンド抜きに業界再編は語れない状況だ。
●政府系主役に
順調に成長を続けてきたファンドだが、昨年夏以後、米低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)問題の深刻化を受け、勢いが減速した。ファンドは投資家の出資金に加えて、銀行などから巨額の資金を借り入れて企業買収を進めてきたが、信用不安の高まりで資金調達の環境が急速に悪化したためだ。このため、中止や延期になる買収案件が急増している。
新たな主役は政府系投資ファンド(SWF)だ。昨年11月、サブプライム問題で巨額の損失を出した米金融大手のシティグループに、アラブ首長国連邦の「アブダビ投資庁」が75億ドルの増資を引き受け、一気に注目が高まった。シティは今年1月にもシンガポールのSWFなどから145億ドルの追加増資を受けた。米証券大手メリルリンチや、スイス大手銀行UBSもシンガポールや中東のSWFから数千億円規模の出資を受けるなど欧米大手金融機関がこぞってSWFの支援を受ける事態になっている。
資産の安全運用を重視してきたSWFは、サブプライム問題を契機に「ドル一辺倒の運用では危険と判断した」(国際金融筋)ことで、運用先を一気に拡大した。SWFの運用資産は07年の約3兆ドルから15年には15兆ドルになるとの予測もあり、影響力がさらに増すのは確実だ。
●透明性が課題
最大の課題は経営の透明性の確保だ。出資者の構成、投資方針、投資実績、運用資金額などを公開していないファンドも多い。また5~7年程度で投資を回収するため、企業買収後に強引な資産売却やリストラを進め「ハゲタカ」との批判を招くことも少なくない。
SWFの場合、民間より有利な超低コストで政府から資金を調達できるため、「市場の公正な競争をゆがめる」との批判もある。
政府は昨年9月に完全施行した金融商品取引法で、資金を多数の投資家から集めるファンドの金融庁への登録を義務づけ、監視姿勢を強めている。国際通貨基金(IMF)はSWFの投資ルールを現在策定中だ。ただ、過度の規制は市場の活力を奪いかねず、「バランスをどう取るかが課題」(金融庁幹部)となっている。
ファンドは、銀行、生保などの金融機関、年金基金などを運用する機関投資家や多額の資産を持つ個人などから出資を受け有利な投資先に資金を投下する。その機能は、投資対象によって分類される。
企業の株式の大部分を買収して経営権を握り、企業価値を高めた上で転売、利益を稼ぐのが「買収ファンド」。破綻(はたん)後に国有化された日本長期信用銀行を買収した米リップルウッド・ホールディングスなどが代表格だ。
企業の株式を買い集めて一定の議決権を確保し、配当の増額や企業価値向上策の実行を求めるのが「アクティビストファンド」。サッポロビールやブルドックソースなどに次々と要求を突きつけた米系ファンドのスティール・パートナーズが有名で、16日にJパワーの株式買い増し中止勧告を受けた英ザ・チルドレンズ・インベストメント・マスターファンド(TCI)や、ニッポン放送のインサイダー事件で代表者が逮捕された村上ファンドもこの中に入る。このほか、株式や債券、証券化商品などを売買して利ざやを稼ぐヘッジファンドや、主に不動産に投資する不動産ファンドなどがある。
これとは違い「政府系投資ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド=SWF)」は、石油輸出収入や外貨準備、年金などで蓄積された政府資金を元手に投資している。中東産油国やシンガポールのほか、近年は中国やロシアなどでも設立が相次いでいる。
毎日新聞 2008年4月20日 東京朝刊