現在位置:asahi.com>社説 社説2008年04月20日(日曜日)付 裁判番組―放送局は知識と冷静さを法廷のイラストが映し出される。殺意を否認し、遺体をドラえもんが何とかしてくれると思った、などとする被告の元少年の主張が伝えられる。被害者の遺族が憤りを語る。そして、司会者らが「笑わせんじゃないよ」「世も末」と被告と弁護団を非難する。 山口県光市で起きた母子殺害事件の裁判をこんな風に取り上げたテレビ番組を見た人は少なくあるまい。 こうした番組作りは、公正性、正確性、公平性の原則からはずれ、視聴者の不利益になる。そう批判した意見書が、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会から出た。 BPOはNHKと民放で作っている組織だ。放送をめぐる問題を自主的に解決し、権力に介入させないための防波堤の役割を担っている。 弁護士、作家らによる委員会は、番組の制作にかかわる人々に裁判の初歩的な知識も冷静に伝える姿勢も欠けていると厳しくいさめた。呼びかけは全テレビ局に及んでいる。それだけ危機感が深いということだろう。各局は意見書に真摯(しんし)に耳を傾けるべきだ。 今回検証したのは、昨年5〜9月に放送された情報番組などで、NHKと民放計8局の33本。一部のニュースを除くほぼすべてが「〈奇異な被告・弁護団〉対〈遺族〉という図式を作り、その映像を見たコメンテーターらが感情的な言葉を口にする」とされた。 刑事裁判では、検察官は公益を代表して犯罪を立証しようとする。弁護人は被告の人権を守るのが役目だ。両者が裁判所の指揮下で主張し合い、判決が下る。 こうした裁判の仕組みを踏まえずに番組が作られ、法廷で何が起きているかが正確に伝わらない。遺族の悲しみを大切にしつつも、報道にはバランスが必要だ。意見書はそう指摘した。 市民が参加する裁判員裁判が来年から始まる。これからは、報道に一層の冷静さが求められる。 裁判員に予断を与えかねないから、報道を規制すべきだという議論がすでにある。これに対し、日本民間放送連盟などは、被告の主張に耳を傾けるなどの内容を盛り込んだ指針を作り、自由な報道を守ろうとしている。その精神からはずれた番組は規制の呼び水になる恐れがある。 これは新聞を含む活字メディアにとっても切実な問題だ。 番組を見る側も報道や情報を読み解く力を磨かなくてはなるまい。委員会が問題にしたような番組を支持する声もテレビ局に寄せられるという。だが、そうした番組がはびこり、放送への規制を招けば、知るべきことが伝わらない社会になりかねない。 感情的な表現に陥らない冷静な番組こそが、視聴者の利益になり、自由な報道を続けられる道でもある。 禁煙条例―松沢知事、がんばれ多くの人が利用する公共的施設の屋内は、すべて禁煙とする。 神奈川県が全国に先がけて、画期的な条例づくりに乗り出した。 先週発表された素案によると、対象施設は学校や病院、官公庁、公共交通機関から、飲食店、ホテル、パチンコ店まで幅広い。違反した喫煙者や施設の管理者には罰則を設ける。 県民に意見を求め、今年度中の成立をめざすという。たばこ業界などに反対の声も根強いというが、ぜひ成立させて全国に範を示してほしい。 たばこは、吸う人だけでなく、周りの人の健康も損なう。条例の目的は、他人の煙を吸い込んでしまう「受動喫煙」による被害を防ぐことだ。 受動喫煙は、肺がんや心筋梗塞(こうそく)などを引き起こすほか、乳幼児の突然死症候群の原因にもなる。ひいては、医療費もふくらむ。 こうした害については、科学的な根拠が薄いといわれた時期もあった。 しかし、日本学術会議が3月初めにまとめた要望書「脱タバコ社会の実現に向けて」によれば、世界保健機関(WHO)や英米の専門機関が04〜06年に発表した詳細な報告書によって、論争に終止符が打たれた。 日本も批准したWHOのたばこ規制枠組み条約とガイドラインに従うなら、日本政府は10年2月末までに、屋内施設の完全禁煙のための法整備をしなくてはならない。 ところが、厚生労働省の動きはきわめて鈍い。健康増進法では、受動喫煙対策が「努力義務」にとどまっている。たばこ対策はこれまでも、たばこの業界や農家、政治家、そして、たばこの税収を確保したい財務省の圧力に押されてきた。 日本はたばこの価格が安く、自動販売機も数多い。国民の健康を無視した悲しい「たばこ大国」である。 神奈川県の松沢成文知事は昨春の知事選で、禁煙条例をマニフェストに掲げた。マニフェストが当選後の政策に結実するのは当然のことだ。「国が動かないなら、神奈川から」という意気込みに期待したい。 先陣を切る条例は、衆知を集めて実効性のあるものにしてほしい。 素案では、特定の人だけが利用する民間の職場は規制の対象外にしている。しかし、禁煙を推進する医師の団体は、働く人の健康を守るために職場も含めてほしいと提言する。 州単位で喫煙規制を進めてきた米国では、多くの州が、まず官公庁や病院、公共交通機関を規制の対象にし、次いで民間の職場、レストランやバーへと広げていったという。 日本ではいま、若い世代の喫煙率がじわじわ上がっている。気がかりだ。神奈川から、脱たばこ社会に向けての着実な一歩を踏み出していきたい。 PR情報 |
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