富山県高岡市の高岡駅南クリニックに、寝たきりで褥創(じょくそう)(床ずれ)を抱える母親を連れ、外来受診を続ける自営業の男性がいる。褥創にはベッドの状況など家庭内の環境も関係し、治療のためには往診が望ましい。待ち時間や移動で体に負担もかかるため、塚田邦夫院長(57)はたびたび往診を勧めた。
だが、男性は「外来の方が安いから」と往診を拒む。材料費などを除いた自己負担は外来なら500円程度だが、往診だと平均約1500円。褥創が悪化すると、感染症になって命にかかわる恐れもある。外来受診の回数を増やすよう勧めても無理だという。
近年、費用を理由に往診を受けない患者が増えていると塚田院長は感じる。クリニックに来院する褥創患者を調べると、98~03年度の18人では、完全な寝たきり患者はいなかった。しかし、04~07年度の26人では6人が完全な寝たきり患者。塚田院長は「02年に高齢者の医療費自己負担が1割に引き上げられた影響だ」と分析する。
往診は病院側の負担も大きい。移動時間を含めると1時間半~2時間半程度かかる。診療報酬は毎月、初回約3万円、2回目約2万円、3回目以降約1万円で、医師や看護師の人件費、車の燃料費などを払うと黒字はほとんど出ないという。
塚田院長は毎週木曜午後を往診にあてる。「以前はゆったり往診しても、一般診療である程度収入が確保できた」。だが、医療費抑制で医療収入の減少が続き、より多くの外来患者を診る必要性が出てきた。「このままでは往診をする余裕がなくなる。在宅医療も崩壊に向かっている印象がある」と話す。
がん患者の苦痛を緩和する緩和ケアでも同様の問題がある。
健康保険が適用される緩和ケア病棟(ホスピス)では、治療の質や量に関係なく、診療報酬は患者1人当たり1日3万7800円。痛みを和らげる麻薬を大量に使ったり、高額の薬剤を使うと病院は赤字だ。近畿の大学病院の緩和ケア専門医は「病院の懐具合を心配しながら使っているのが現状。患者が十分な治療を受けられない可能性もあり、せめて薬などは出来高払いにしてもらいたい」と訴える。
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日本の医療費はGDP(国内総生産)比でみると、先進7カ国で最も少ない。財政面からは少ないにこしたことはないが、必要な医療ができないほど少ないと、しわ寄せを受けるのは患者だ。
OECD(経済協力開発機構)が各国の状況を分析し、04年にまとめた医療制度のあり方に関する報告書に、こんな一節がある。
「医療部門での賃金と価格を人為的に低く保つシステムは、最終的には問題に直面する可能性が高い。医療の人材確保や離職防止が困難になり、サービスや革新的な医薬品の供給が不足する」
まさに日本の現状そのものだ。国際的に突出した低医療費政策を転換する以外に、「医療クライシス」の抜本的な解決策は見当たらない。=おわり
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この連載は、鯨岡秀紀、根本毅、河内敏康、五味香織、苅田伸宏が担当しました。
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毎日新聞 2008年4月19日 東京朝刊