事件・事故・裁判

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷
印刷

自衛隊イラク派遣:空自イラク活動、一部違憲判断(要旨)

 【自衛隊のイラク派遣の違憲性について】

 現在のイラクにおいては、多国籍軍と、国に準ずる組織と認められる武装勢力との間で、国際的な武力紛争が行われているということができる。特に、首都バグダッドは、アメリカ軍と武装勢力の双方、一般市民に多数の犠牲者を続出させている地域で、まさに国際的な武力紛争の一環として人を殺傷し、または物を破壊する行為が現に行われている地域というべきであって、イラク特措法にいう「戦闘地域」に該当するものと認められる。

 空自は、アメリカからの要請を受け、06年7月ごろ以降、アメリカ軍などとの調整のうえで、バグダッド空港への空輸活動を行い、現在に至るまで、C130H輸送機3機により、週4~5回、定期的にクウェートのアリ・アルサレム空港からバグダッド空港へ武装した多国籍軍の兵員を輸送していることが認められる。このような空自の空輸活動は、主としてイラク特措法上の安全確保支援活動の名目で行われ、それ自体は武力の行使に該当しないものであるとしても、現代戦において輸送などの補給活動もまた戦闘行為の重要な要素であると言えることを考慮すれば、多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援を行っているものということができる。従って、このような空輸活動のうち、少なくとも多国籍軍の武装兵員を、戦闘地域であるバグダッドへ空輸するものについては、他国による武力行使と一体化した行動であって、自らも武力の行使を行ったとの評価を受けざるを得ない行動であるということができる。

 よって、現在イラクにおいて行われている空自の空輸活動は、政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲とした場合であっても、武力行使を禁止したイラク特措法2条2項、活動地域を非戦闘地域に限定した同条3項に違反し、かつ、憲法9条1項に違反する活動を含んでいることが認められる。

 【平和的生存権について】

 平和的生存権は、すべての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利である。憲法前文が「平和のうちに生存する権利」を明言しているうえに、憲法9条が国の行為の側から客観的制度として戦争放棄や戦力不保持を規定し、さらに、人格権を規定する憲法13条をはじめ、憲法第3章が個別的な基本的人権を規定していることからすれば、平和的生存権は、憲法上の法的な権利として認められるべきである。平和的生存権は、局面に応じて自由権的、社会権的または参政権的な態様をもって表れる複合的な権利ということができ、裁判所に対してその保護・救済を求め、法的強制措置の発動を請求し得る意味における具体的権利性が肯定される場合がある。例えば、憲法9条に違反する国の行為、すなわち戦争の遂行、武力の行使などや、戦争の準備行為などによって、個人の生命、自由が侵害されまたは侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争などによる被害や恐怖にさらされるような場合、また、憲法9条に違反する戦争の遂行などへの加担・協力を強制されるような場合には、裁判所に対し当該違憲行為の差し止め請求や損害賠償請求などの方法により救済を求めることができる場合があると解することができ、その限りでは平和的生存権に具体的権利性がある。

 【控訴人らの請求について】

 (1)違憲確認請求について

 ある事実行為が抽象的に違法であることの確認を求めるものであって、現在の権利または法律関係に関するものということはできないから、確認の利益を欠き、いずれも不適法というべきである。

 (2)差し止め請求について

 自衛隊のイラク派遣は、イラク特措法の規定に基づき防衛大臣に付与された行政上の権限による公権力の行使を本質的内容とするものと解され、行政権の行使に対し、私人が民事上の給付請求権を有すると解することはできないことは確立された判例であるから、本件の差し止め請求にかかる訴えは不適法である。

 本件派遣は控訴人らに直接向けられたものではなく、控訴人らの生命、自由が侵害されまたは侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争などによる被害や恐怖にさらされ、また、憲法9条に違反する戦争の遂行などへの加担・協力を強制されるまでの事態が生じているとは言えず、現時点において、控訴人らの平和的生存権が侵害されたとまでは認められない。従って、控訴人らは、防衛大臣の処分の取り消しを求めるにつき法律上の利益を有するとはいえず、行政事件訴訟(抗告訴訟)における原告適格性が認められない。

 (3)損害賠償請求について

 憲法9条違反を含む本件派遣によって強い精神的苦痛を被ったとして、被控訴人に対し損害賠償請求を提起しているものと認められそこに込められた切実な思いには、平和憲法下の日本国民として共感すべき部分が多く含まれている。しかし、具体的権利としての平和的生存権が侵害されたとまでは認められず、民事訴訟上の損害賠償請求において認められるに足りる程度の被侵害利益が生じているということはできない。

毎日新聞 2008年4月18日 東京朝刊

事件・事故・裁判 アーカイブ一覧

 


おすすめ情報