▽浸透せぬ「主治医」―診療の質低下を懸念 報酬頭打ちに医師反発
広島市安佐南区の山本歳丸さん(86)は、糖尿病を患って十五年になる。後期高齢者医療制度(長寿医療制度)に伴う、主治医制度の対象者の一人だ。
主治医制度は糖尿病や高血圧症、脂質異常症といった七十五歳以上の慢性疾患患者が対象。診療報酬のうち「検査」「画像診断」「処置」「医学管理等」をまとめて定額月六千円とする仕組みである。患者の自己負担は一割の六百円で済む。
山本さんはいま、月二回、かかりつけの診療所へ車で約三十分かけて通う。うち一回は血液検査で血糖値を調べる。高血圧もあるため血圧も測る。医療費の自己負担は月額約二千五百円。山本さんが主治医制度に移行すれば、「再診料」や「投薬」が別途かかっても負担は減りそうだ。
長年続く医療費は年金収入の身に軽くない。「支払い金額が減るに越したことはないが…」と山本さん。しかし「病気と長く付き合っていくしかない」だけに何より病状の悪化を心配する。
主治医制度を採用するには患者と医師の同意がいる。望まない患者は、かかった診療報酬の一割を負担する従来通りの出来高制となる。移行すべきかどうか。山本さんは「定額診療で十分な診療をしてもらえるのか。当分、様子を見ないと判断できない」と話す。
過剰抑制が狙い
厚生労働省が主治医制度を導入したのは、医師の過剰診療やお年寄りの重複受診を抑制し、財政難の医療保険制度を適正化するのが狙いである。
しかし、中国地方でも地域の医師会で拒否反応が広がる。福山市医師会は制度採用の見合わせを会員に呼び掛けた。定額診療は「報酬点数の頭打ち」を意味し、それが「粗診粗療」へとつながる懸念を主な理由に挙げる。
「糖尿病で血液検査と尿検査をすれば、それだけで定額の六千円にほぼ達する」と、広島県内の男性開業医(48)。コストのかかる患者を他の医療機関に回し、利益率が高い患者を囲い込む動きが出るとも指摘し「開業医の死活問題と同時に、選別される患者が不幸」と訴える。
対応は1割未満
現状では、患者が望んでも主治医制度に対応する医療機関は少ない。広島を除く中国地方の社会保険事務局への医療機関からの届け出は、十一日現在で計約二百件と全体の一割未満。統計処理が遅れる広島社会保険事務局は「把握していない」という。
今月から始まった後期高齢者医療制度と、具体策の一つである主治医制度。「膨らんだ医療費を適正化し、将来世代にも保険制度を維持する」との狙いは一定には理解できる。
しかし、患者の「安かろう悪かろう」への不安や、医師側の「死活問題」との反発は強い。今後、二年ごとに七十五歳以上の医療費総額に応じて見直される保険料が、上がり続ける懸念も消えない。
大きな混乱を招いた以上、分かりやすい安心な制度にいち早く見直す責務が、国にはある。(上杉智己)
【写真説明】血糖値を記録した山本さんの自己管理ノートとインスリンの注射キット。安心できる医療制度を願う
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