▽新たな「罰則」―滞納なら保険証没収 無年金者に広がる不安
年金支給日に合わせ、後期高齢者医療制度(長寿医療制度)に加入する七十五歳以上の保険料の天引きが十五日、始まった。届かない新保険証、保険料を誤徴収した自治体…。四月の制度開始以来、混乱は続く。滞納ペナルティーへの不安も膨らむ。政府が言う老後に安心をもたらす制度設計なのか。広島県内の現場をみた。
「万が一、保険料を払えなくなったら」。広島市中区のマンションに一人で暮らす坪井隆夫さん(79)は、新保険証を見つめた。一昨年、営んでいた小料理店を病気でたたんだ。貯金と娘の仕送りが頼り。年金収入はない。「店の経営に追われ、年金を掛けなかった」
新制度は、年金の振り込みと同時に保険料を差し引く仕組みで滞納をなくした。一方で、坪井さんのように無年金で天引きできない高齢者には納付書での支払いを求める。
「国に迷惑を掛けたくない。生活を切り詰めてでも保険料は払う」と気を張る坪井さん。それでも、何かトラブルがあれば生活も、保険料の支払いも立ちいかなくなる現実がある。
一年以上滞納した場合、制度を運営する都道府県の広域連合に保険証を原則取り上げられる。従来の国民健康保険法は、保険証を取り上げる対象から七十五歳以上の滞納者を外していた。新制度ではしかし、法律から年齢規定が消えた。
請求400万円にも
事実上の「罰則」の新設…。坪井さんの脳裏には、昨年見舞われたつらい経験がよぎる。二〇〇七年一月、急性肺炎と腹膜炎を併発し、路上で意識を失った。闘病は四カ月に及び、約四十万円の医療費を支払った。保険証がなければ四百万円を請求されていた。
保険料の滞納者に発行される「資格証明書」。それを医療機関に提出しても、窓口で医療費をいったん全額払わなければならない。その後、保険料を納めて初めて九割の返金がある。
坪井さんは「あの時もし、保険証がなかったら…」と険しい表情をみせた。滞納者が、医療費を一時的にも全額用意する金銭的、精神的な負担は大きい。
広島県後期高齢者医療広域連合によると、年金受給額が月一万五千円未満などの理由で納付書払いになる人は約六万九千人。県内の被保険者約三十二万四千人の二割を占める。
同広域連合は、一年以上の滞納者から保険証をすぐに取り上げるかどうかはまだ、決めていない。榊谷博孝業務課長は「高齢者の不利益を最小限にとどめる慎重な運用が必要」と話す。
受診にためらい
深刻な事態を招いた先例もある。全日本民主医療機関連合会(東京)が系列医療機関を調べた結果、国民健康保険証を失って受診をためらい、亡くなったとみられる人は〇七年に全国で二十八人に上ったという。
政府が言う「安心で公平な制度」に加わったペナルティー。福島生協病院(広島市西区)の医療ソーシャルワーカー刀山(たちやま)泰子主任は「保険証がなくなれば、倒れるまで受診を我慢する人が増えるだろう。健康不安を抱える高齢者には厳しすぎる」と批判している。(石川昌義)
【写真説明】新保険証を手に、厳しい表情を浮かべる坪井さん(撮影・天畠智則)
|