2008年04月11日 (金)視点・論点 「気候変動 低炭素社会へ進む世界」
国立環境研究所客員研究員 西岡秀三
「低炭素社会」ということが言われております。気候を安定させるために、二酸化炭素など炭素分の排出を、大幅に減らした社会にせねばならない、ということです。
われわれが、石炭・石油などの化石燃料を燃やしたときにでる二酸化炭素などによって、現在、地球の気候が変化しつつあります。安定な気候は、世界の人々が、それぞれの場所で生きてゆく環境を形成する大本です。このまま気候変化が続きますと、多くの生態系が絶滅し、旱魃・洪水などが増え、あちこちで水資源の供給不足や、食糧生産の落ち込みが起こり、人々の生活を脅かすことになる、と予測されています。
なぜ「低炭素社会」というのでしょうか。それは、化石燃料の主体が炭素であり、これを燃やして出す二酸化炭素が、自然界の炭素の循環を乱し、それが原因で気候変化が生じる。だからなるべく二酸化炭素を出さない社会を目指そうということをあらわしています。欧米では、「ローカーボンエコノミー(低炭素経済)」ともいっていますが、経済だけにとどまらず、人々の生活・価値観やエネルギー文明のあり方まで変えるのではないか、ということから、「低炭素社会」と「社会」を強調しています。
気候の変化をとめるにはどうすればいいのでしょうか。答えは、ただひとつ。われわれが大気に放出している、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を、大幅に減らすことしかありません。大幅というのは、100-200年の長期で見ると、究極的にはゼロ、すなわちまったく出さない、というところまでゆかねばならないと、気候学者は見ています。
この絵を見てください。この風呂桶は、地球の大気であると考えてください。
これは2000年時点の、地球の二酸化炭素バランスを示しております。われわれ人間は、工業生産でのエネルギー利用、自動車のガソリン使用、家庭やオフィスの冷暖房や給湯、などで化石燃料を燃やし、炭素で換算して年間260億トン相当の二酸化炭素を大気中に放出しています。
一方、地球の自然、すなわち海や、陸上の森林や土壌、が吸収する二酸化炭素の量は、今のバランスでは113億トンと見積もられています。ですから、2000年では、人間が大気中に入れ込む二酸化炭素の量が、自然の吸収量より多いため、その差約150億トンが大気に追加され、たまりこんでいます。
大気中の量を、濃度の単位であるppmで示してあります。人間は18世紀の産業革命以降の工業化社会で、化石燃料を大量に使い始め、自然が吸収する速さ以上に大気中に二酸化炭素を排出し続けたため、産業革命以前は280ppmであった濃度が、今はもう380ppmに到達しました。そして今は年間約2ppmずつ、大気中の二酸化炭素濃度が増えています。
この赤く描いた濃度レベルは、産業革命からおおむね2.5度ぐらい温度上昇したときの濃度を示しています。IPCCは、2.5-3.5度上昇で、世界の誰もが得しない被害状況になると示唆しています。欧州各国は、2度上昇でも危険と主張しています。また、氷河期は、今から約5度ほど低かった、それが一万5千年前に約5度上がって今の温暖な気候になって、マンモスの時代から人類の時代になる、という変化を遂げました。今度は逆に、さらに高いほうへの変化を予想していますが、危険な温度上昇のひとつの目安として考えておいてください。
さて、後何年でこの赤いレベルに到達するでしょうか。すでに380ppmになっています。年間2ppmずつ増えている。危険なレベルを400ppmと見ると、すぐお分かりのように、あと10年でここに到達します。もう少し高めの、440ppmでも我慢するとしても、440引く380割る2で、残りもうあと30年です。
気候のシステムには慣性=勢いがあり、たとえ今濃度を一定にとどめることが出来たとしても、あと20年間は温度が上がりつづけます。また、人間社会のほうでも、社会インフラや社会制度、さらには人々の生活を変えてゆくには、長い時間がかかります。ですから、もう今すぐに、排出量を減らすために、この水道の栓を閉めはじめ、気候変化が大きな危険をもたらす前に、濃度を一定にとどめねばなりません。今すぐ、の行動が必要なのです。
それからもうひとつ、一番肝心なところですが、排出する量が自然の吸収量より多い間は、大気中に二酸化炭素が増加し続け、気候変化を強めてゆきます。どんなレベルで安定化するにしても、そのときには、排出量は自然の吸収量に等しくなっていなければなりません。この2000年のバランスだけで言うと、今の排出量260億トンを自然の吸収量113億トンまで下げねばならない、すなわち今の排出量を半分以下にし、究極的にはほとんど出さないまでにしないと、気候は安定しない、とうことです。
今後、吸収量はむしろ減ると見られています。森林・土壌は温暖化でかえって二酸化炭素を放出する方向に向かうとされています。海は、深海へのとり込みは続きますが、温度が高くなって行くと逆に吸収能力が減ります。ですから、100-200年の長期には、排出量をほぼゼロにまで下げてゆかねばなりません。
こうした科学の示すところから見ると、安定した気候の下で生活してゆくためには、二酸化炭素など温室効果ガス排出が大幅に少ない社会、「低炭素社会」にしてゆかねばならないことは明白です。2007年ドイツ・ハイリゲンダムでのG8サミットでは、その過程として、「2050年には世界の温室効果ガス排出を現在の半分以下に下げることを真剣に検討する」と、世界の首脳が約束しました。
世界は今、20世紀のエネルギー多消費文明から転換し、いかに少ないエネルギーで豊かな生活を実現するか、に挑戦する、大きな転機、新たな産業革命の時期に来ました。
日本は伝統的に、自然と調和する生き方を身につけ、多くを求めない「足るを知る」文化を持ち、さらに世界の先頭を行く省エネルギー技術を育て、いわば「低炭素社会」の先頭を切ってきました。
20世紀に先進国がはまり込んだ、エネルギー多消費型文明を、途上国がそのまま追って発展していったのでは、気候変化は、とまりません。「低炭素でもこれだけの豊かな社会が出来る」、という「日本モデル」を世界や途上国に示すことが、人類の歴史への、日本の一番の貢献となるでしょう。洞爺湖サミットを契機として、低炭素社会に入るのだという覚悟をあらたにし、「低炭素世界」構築に挑戦しようではありませんか。
投稿者:管理人 | 投稿時間:23:17