「以前はこんなに救急患者の受け入れが難しいことはなかった。これほど照会が増えたのはここ最近。受け入れてくれる医療機関が減って、救急隊員は困っている」―。救急救命士として20年以上、新潟市内の救急現場を見てきた同市消防局の伊川章さんは、現在の救急搬送現場の救急隊員たちの苦悩を語る。「医療全体の問題が救急医療の場面に表れてきたのが、受け入れ不能の問題では」。救急患者と医療機関を結ぶ要である救急隊員は、今の救急医療現場に何を感じているのだろうか。(熊田梨恵)
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■「受け入れ先がない」救急救命士の苦悩 「20年前に比べると、患者の権利意識が強くなった」と、伊川さんは話す。最近では大病院志向の患者が増え、かかりつけでなくても「テレビで見たような治療法を受けたい」と、救急車に乗った時点で要望してくる患者もいる。日中には医者にかかれないという理由で、夜間に救急車を呼ぶ共働きの家族や、搬送した後日になって「なぜ自分をあの病院に運んだのか」と、苦情を言われることもある。
伊川さんは「救急隊が病院の受け入れ交渉人のようになっていて、本来の仕事である救命活動に力を入れられない。かといって、(受け入れ不能は)自分たちでどうにかできる問題ではない。その板挟みが救急隊員のストレスになっている」と、人命救助を志して救急隊員になったにもかかわらず、本来の業務に力を入れられない現場でのジレンマを語った。「患者が医療のことを知らな過ぎる。医療資源に限りがあることを理解してほしい」と訴える。
同市消防局による救急搬送件数は、昨年は2万8,838件。年々増加しながらも小幅だ。しかし、救急搬送の際に医療機関への受け入れ照会が4回以上に上ったのが、2005年は約400件、06年は約700件、昨年は約1,000件と、毎年約300件ずつ増えており、今後も増加するとみられる。照会回数が増えることで、救急隊の負担が重くなり、現場滞在時間も長くなる。外傷や脳疾患、精神障害やアルコール・薬物依存の患者のほか、身元がはっきりしない患者などはどの医療機関でも受け入れが難しく、悩みの種だ。
受け入れ不能が顕著になったのは、04年度に始まった新臨床研修医制度によって、研修医が大病院に集中するようになってからだ。同市消防局の管内でも、この2年間に救急指定病院が2か所減っており、勤務医不足で二次救急での受け入れが難しくなった。夜間は各病院の当直医を調べて出動態勢を整えるが、実際に現場から受け入れ照会すると、満床などを理由に断られることが近年増えた。二次救急のベッドがパンクし、地域の輪番体制は機能していない。特に脳外科や小児科の受け入れ状況が厳しく、脳外科の受け入れ先が見つからないときは新潟大の医局に問い合わせ、対応できる医師がいる医療機関を当たってもらう体制を独自で整えるなど、工夫もしている。 神奈川県の厚木市消防本部では、年間約1万件の救急搬送を扱っている。5隊の救急隊がすべて現場に出払ってしまったために、消防隊が後から通報のあった現場に先行し、患者に付き添いながら救急隊を待つケースが、昨年は約30件あった。同市消防本部の川村理志さんは「救急隊が本部にいなかったとしても、救急患者を断るわけにはいかないので、消防隊に向かってもらうが、こうしたケースが年々増えている」と指摘する。
救急隊が最も避けたいのは、軽症の患者の救急搬送に対応するために、重症患者への処置が遅れることだ。高齢化に伴い、症状が重い患者の搬送件数はここ5年間に、2倍近くに増えた。「状態の重い患者が増えると、一件当たりにかかる時間も必然的に増える。限られた人的資源などをどう有効活用するかが課題」と川村さん。入院目的でタクシー代わりに救急車を呼び、玄関で荷物をそろえて待ち構えている患者や、寂しさから119番通報してしまう患者もいる。川村さんは「救急車の適正利用の啓発にも力を入れているが、本当に必要な人が遠慮してしまってはいけない」と懸念する。
患者からのクレームを恐れてか、記者の取材に対し「救急隊が困っていることで特に答えられることはない」と回答した消防組織もあった。事情を尋ねると、「救急要請のパターンには各地域と共通しているところもあると思うが、さまざまな声があるため慎重になっている」と答えた。高まる患者の権利意識を警戒して、内情を話すことをためらう様子がうかがえる。
「受け入れ不能の問題が起きても、責任の所在がはっきりしていないため、問題解決に向かうことが難しいのでは」と、伊川さんは話す。新潟市の救急医療対策会議では、二、三次救急医療機関や消防局、地区の医師会などが、救急医療の課題を話し合う。会議が始まった30年ほど前の主なテーマは二次救急の輪番組みだったが、近年は救急受け入れ不能の問題に移ってきた。きっかけは小児科医の不足で、「これは救急現場の問題を解決して済むことではなく、医療全体の問題」と、伊川さんは指摘する。 同市の三次救急医療機関、新潟市民病院の広瀬保夫救命救急センター副部長も、「慢性期や療養期、救急医療など、すべての医療は連動しているが、表に出やすい救急医療から、医療が抱える問題が目立っているのでは。しかし、医療全体の構造を変えなければ、救急医療のみが充実するということはあり得ない」と訴える。
東京都医師会で救急医療に関する事業を担当する安藤高朗理事は、「こうした問題を解決するには、超急性期に(人材や財源などの)資源を投入することと、かかりつけ医体制を強化することが必要」と話す。現在は平均在院日数の縛りなども影響して、急性期の治療が中途半端になり、患者が医療依存度の高い状態のまま慢性期病棟に移っている状況がある。「人材や診療報酬などを急性期の中でも最も緊急度の高い部分に集中させ、治療の成果がきちんと上がってから慢性期に移るようにする」と安藤さん。また、「かかりつけ医体制を強化して、在宅の患者を多くの職種との協働で二十四時間支える態勢をつくるとともに、軽症の患者が二次救急に押し寄せて、本来の二次救急機能を発揮できなくなることを防ぐ必要がある」と、病診連携と病院内の機能分化・強化による救急医療の負担減の必要性を安藤さんは強調する。
伊川さんは「このまま受け入れ照会の回数が増えて搬送時間が延びると、患者が救急車の中で亡くなってしまう事態も起こりかねない。医師も救急隊員も『先が見えないのが苦しい』と言う。先が良くなる見通しがない中で、モチベーションを持って働き続けることができるだろうか」と、救急医療の先行きに不安を隠せないでいる。(続く)
更新:2008/04/16 21:22 キャリアブレイン
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