- Volume.1 【第一章】アタミ 【第二章】ソープそしてタイ Volume.2 【第三章】出会い 【第四章】チェックイン Volume.3 【第五章】星と夜景と・・・・・ Volume.1 南国のむっとする邪悪な闇と土いきれ、日はとっぷりと沈んだと言うのに・・。清涼感が全くない。そう確かに・・・・、この国は何か変だ。彼女たちの世界は日本人の想像を優に超越する所にあった。 【第一章】アタミ 滝澤がスクンビットの観光客定番ソープ「アタミ」に到着した時、折からのスコールの影響で店内は停電中だった。エアコンが効かない室内は、女たちが発する化粧・香水の入り混じった甘い匂いがムッと鼻をつく。本来なら店の左右で100人以上の女たちが、欲望を滾らせ入って来る客たちに視線を一斉に浴びせるのだが、その日はただろうそくと懐中電灯が店内の床壁と天井を気ぜわしげに行き交っているのが見えるだけだった。滝澤は入り口からわき目もふれずに真っ直ぐに歩いて、奥の店のレストランへと向かった。 ようやくなれて来たとは言えバンコク生活の日が浅い滝澤は、まだソープで女を選ぶと言う行為に慣れる事が出来ない。どの日本人も最初はそうであるように店に入る時は何時も落ち着かなかった。下半身の欲望と上半身の緊張、ややもすればこんなところに来て緊張するより、ホテルでゆっくりとビールを飲みながら、本でも読んでいた方がましだと、考える自分とそれとは全く矛盾した行動をする体の動きを、時には馬鹿くさいと自らをあざけり、時として悲しみや虚しささえを感じていた。 「滝澤!!ここだここだ。」 店内レストランの一角から叫ぶ声がする。声のする方向に加藤を見つけ、テーブルに寄って行く。と同時に滝澤は加藤の横に座った女の観察を早速始めていた。加藤が選んだ女は白いレースのロングドレスをまとっている。淡い網の薄いレースがしなやかな女体に柔らかく上品にまとわり付いている。体格は小柄でキャシャな感じ、鼻はお決まりの整形をしていると見えて、美しく鼻筋が通っている。やや病的な面持ちが目のくまから感じられる。滝澤は一目でマリファナの常習者であると感じた。が不健康で人工的だが透き通った顔立ちが、その青白く削げ落ちた頬から妖艶さを漂わせている。 女は加藤にピッタリとしなだれかかるように体をあずけビールを注いでいた。 「すまんすまん。バケツをひっくり返したような雨だ、渋滞のひどさは半端じゃない・・・。」 女はテーブルに着こうとする滝澤に、しなやかにワイ(合掌)をして来た。ただただにやけている加藤に、あごで女を指し示しながら、 「いいじゃない。なかなか。一発で選んだんだろう?」 と滝澤。濃いひげをさすり、薄い黒ぶちのメガネ越しに加藤は 「うん・・今日は迷わなかったな。俺の好みだったからね。ところでお前さんは?」 と、女の顔に視線を転じながら言った。女は加藤の凝視に妖艶な笑顔で応対している。女の右手は先程から加藤の太もものあたりをさすり続けている。 「選ぶも何も、暗くて女の顔が見えないんだからどうしようもないさ。もう少しすれば電気もつくだろう。」 と言いながらも、やはりソープに来ていて、女を選ぶと言う行為を未だ終っていない不安感・緊張感に落ちつかなかった。 そう、ソープに来る男は女を抱きたいから来る。下半身は多かれ少なかれ張り詰め何時でも準備は整っている。つい先程まで見知らぬ赤の他人の人間と人間が、金銭が介在するとは言え、知り合って数十分後、数時間後には深く交わり本能を剥き出しに快感をむさぼる。そしてそれは女の中に男が欲望を吐き出すまで続けられる。普段日常生活で親しい身の回りの女たちには決っして見せないあらわな本性を、ソープ嬢には惜しげも無く露呈するのだ。つまり本能に忠実な自分が人間と言う『動物』で果てる姿を・・・。その相手がやはり自分の快感に大いに華を添える女である事を男は誰でも望む。がしかしそれが選択肢100人以上の17歳から23歳のスタイル風貌抜群の美人たちの中から選べと強制されるのだから・・・、そしてさらに女の誰もが滝澤に喜んで抱かれたいと思っていると想像すると、内側から得も知れぬ奇妙な身震いが湧き上がって来る。 「ところで何日にする?」 加藤は滝澤に女を貸し切る日数の相談をして来た。ソープで2時間遊ぶだけではなく、連れ出して昼夜を問わず貸し切ろうと言う訳だ。 「その女だったら5日は大丈夫だろう?」 「さあーねー。こればっかりゃやって見ないとわかんないからねえ。相性って物が有るから。ねえ!ワンちゃん。」 加藤は、女がもちろん日本語を理解しないのをわかっていながら、大げさな振りを彼女に向けた。女は意味はわからずも、艶っぽい笑顔を絶やさない。 彼女の手は加藤の太ももの付け根の当たりを微妙にタッチを繰り返し始めており、滝澤は急ぐ必要があると感じた。加藤はビールも結構入っているようで、目が何時もとは違う。また自分もその重くるしい雰囲気から早く開放されたいと感じていた。つまり店から早く出たかったのだ。 「それじゃ、俺行ってくるからな。」 「あいよ。」 と加藤のけだるい返事を後で聞きながら、滝澤はいよいよ運命の出会いのステージに向かった。 【第二章】ソープそしてタイ バンコクの女性たちの中で一番口説き落としにくい女たちの職業は、ソープ嬢と相場は決まっている。彼女たちは16歳17歳の頃から何の感情も無く、金の為だけに客を取る。客に処女を捧げて以来、プライベートで恋愛をした事の無い女、そして当然の如くプライベートのSEXをした事のない女も珍しく無い。多分に女の容貌スタイルに依存するのだが、売れっ娘になると多い時には一日に7人の客をとる。祝祭日の12時間の就業時間中(平日は4時から朝の1時まで9時間、祝祭日は午後1時から朝の1時までの12時間)、一人の客から次の客までのインターバルが計算上10分しかない間隔で客をとって行く。一人を片付けひな壇にならぶや否や即選ばれ、客と上にあがって行くと言うパターンを休みなしに7回繰り返すのだ。客はタイ人・日本人・最近富みに多くなってきた羽振りの良い台湾人・中国人・そして韓国人。不思議とタイ人が毛嫌いするインド人も根強く存在する。西洋ではイタリア人・アメリカ人等。世界中からタイ=売春のイメージしか持たない観光客が、バンコクを目指してやって来る。男ばかりではない、特に西洋系の女性が彼女たちを物色する姿もよく見かけられる。目的は明確。老若男女を問わずタイ人の女を抱きにやって来るのだ。そう言う輩が真っ先に駆けつけてくる場所が、一番手っ取り早いソープなのだ。 こう言う環境の中で、当然女たちは男を男として認識しなくなる。感覚が麻痺してしまうのである。本来ならば人間の本能に基づく秘めやかな楽しみである筈のSEXも、女たちにとって見れば何の感情も抱かせないものになってしまう。男の裸を見ても一物を見ても、またそれを口に含んでも何の感情もない。勿論自分の体は乾き切っているし、男の愛撫に間違っても酔いしれる事などは殆どない。たまに23歳程度を超える女の中には、1ヶ月に2から3人の割合でいかされる体を持っている女がいるくらい(これも相手は固定客がほとんど)で、ティーンエージャーはまず100%濡れる事は無い。いくと言う経験すら持っていない女も多いのだ。そう言う彼女たちに、男を意識させ惚れさせると言う確率は、天文学的に小さい値となる。働き始めてすぐの女でも2ヶ月働けばもう立派な無感情マシンの出来あがりである。そんな女を本気にさせ数多くの制限を物ともせず、ものにする男は筋金入りのプレイボーイの勲章を得るにふさわしい。 一方観光客は何故タイ=売春のイメージを抱くのか?何故タイなのか?については、タイの女性たちが貧困の地域、チェンマイを中心とする北部とタイで最大の貧困地帯であると言われているイサーン東北部の出身で有るが故、押しなべて男尊女卑の旧態依然の儒教的な家庭環境の中で育って来ている部分が男を狂わす要因になっている。もともと男そして目上の客に対しては極めて献身的なのである。さらに貧困に喘ぐ田舎の両親を経済的に支えなければならないと言う強い、これまた儒教的使命感が自分を指名してくれる顧客に対して精一杯のサービスをさせ、それが男に昨今忘れていく久しい心からの女の『やさしさ』と言う感情を抱かせる。ほとんどの男たちはこの男の一方的思いこみである『やさしさ』に一ころで参ってしまう。女と一夜をホテルで明かした時、女が去って行く前に男の靴下を手洗いで洗濯し乾して行くなどの行為は、観光客の男たちには彼女の特異な性格、或いは自分の事を真剣に思いやったけなげな行為だと、まず間違い無く誰でも勘違いし、深く感動を覚える。がしかし彼女たちの世界では、靴下を手洗いで洗濯する事何ぞは日常の行為であり、何ら特別な意味は含まれていない。SEXに至っては、男の一物を男の要求なしに、男が堪能するまでくわえ、女によっては男が口の中で果てるまで奉仕を続ける場合も有る。しかも嫌な顔一つせず黙々と必死に。こう言う奉仕をする彼女たちの横顔を見ていて、世界の男たちは深い感動で満たされる。世界中一般的に、この手の商売の女はやらせてやる的な感覚で、客に心から奉仕するような風潮はあまり見かけられない。それどころか男が卑屈にやらせていただくと言うような肩身の狭さすら覚える事が、殆どである。男が上になってピストン運動を繰り返している最中に、タバコをふかしテレビを観賞している売春婦などに当たる確率は多い。そんな女たちは男の靴下を洗濯したり、ホテルに乱雑に脱ぎ捨てられている靴を揃えて部屋の片隅に整頓する様な事は決してしない。 そして次に何と言ってもタイの女性に美貌が多いと言う歴然たる事実。タイ族は手足指がすらりと長く、そのスリムな体には何を着せてもさまになる。ずんぐり体系の日本人からはスリムスレンダーのワンレン、ボディーコンシャスを地で行く体型に皆がなる。大柄な体系の西欧人にとっては、タイ人女性のキャシャな抱きしめたら折れそうな体がそそる。 唯一タイ人が体に関して持っている2つのハンディキャップ、褐色と言う肌の色と潰れた鼻梁の格好であるが、前者は西欧人にはむしろ歓迎される。東洋人も観光客レベルでは色の白い黒いはプライオリティー的に低いと言って良い。一方後者、鼻はやはり顔の容貌を決めるには大きなポイントを持つ。女は田舎から出てきて働き始める前に皆、整形を行うべくまず医者に通う、或いは通わされる。ちなみに通いながらピルを常用服用開始するのだ。不妊のためではない、月経を止め働く期間を一日でも多く得るためだ。 最後に物価である。先進国に比べてバンコクのトップクラスのソープで約1/3の価格である。最低のクラスだと1/100と言う所すらある。何がトップで最低かは、ひとえに女の容貌と店構えによる所が大きい。エイズで安全か安全ではないかと言われる部分は、あまり関係は無い。SEXだけの目的ならば、そして相手が誰でも良いと言うのであれば(それなりに若い女で)300円で用が足りる場所すらあるのだ。 このようにバンコクが男性天国といわれる所以は、細かくはさまざま有れど大体こう言う部分で説明が出来る。よく昔バンコクに住んでいた人間が、昔はもっと物価が安かったから、今より安く女を買えたと言うが、インフレを考えればその安さは今の安さと同じである。また一番忘れてはならない事は、昔と今とでは同じタイ人でも垢の抜け方が全然違うと言う所。今の女たちは今風の垢の抜け方をしており明らか比較にならないほど昔より美しいのである。 滝澤は女を選ぶホールに出てきたが、未だ電気は点らず暗闇のままであった。それどころか、滝澤は妙な事に気がつき始めていた。何時もとは逆なのだ。客である男の方が100人あまりの女たちから物色をされているのである。 「え?これは!!」 滝澤は自分の置かれている立場に気がついて驚愕した。 目次へ→ Volume.2 すべてが荒々しい。人は雨が降れば洪水で溺れ死ぬ。怨恨があれば人をも殺す。嫉妬に狂えば男の一物を切り取る。この国は程度と言う物を知らない。ひたすら純粋でどこまでも飾り気がないのだ。人を愛すも憎むも、恥じらい・気取り・格好つけ・我慢などと言う言葉・考え方は存在しない。ゆける所までかっ飛ばす。その後の事はそれから考える・・・・・。 【第三章】出会い 剥き出しの非常用のライトが女たちの背後の壁から滝澤にまぶしく突き刺さる。頬に光の暖かささえ感じられる。 「ナイハーン(旦那)ドノ オンナニします?・・・・この女カワイイヨ。テクニックモOK。」 女を選ぶフロアには必ず客に値段を伝え(時には紙に書く)、女の番号を告げ、客をカウンターまで支払いをさせに連れて行く係りのうさんくさい男が数人いる。 男は巧みに客を見て値段を変える。滝澤を日本人と一目で見抜き、毎日うんざりするほど使うお決まりの日本語を繰り返す。その男は懐中電灯で暗闇に埋もれる女の顔を一人一人照らしていた。 「ちょっと待ってくれよ。・・・どうしたらいいんだ。ったく・・・・・。」 100人からの女たちが目の前にいるのに、何でこの男の言いなりの女にしなければならないんだ。どうせこの男の囲っている女か常日頃から客一人紹介したら、いくらと女と話が出来て、つるんでいるに違いないのに・・・と滝澤は心の中で舌打ちをする。がそれ以上深く考えている余裕は無かった。 どこからとなく女たちの群れからくすくすと笑い声が聞こえてくる。滝澤の置かれている状況は、普段ひな壇に並び選ばれる側の女たちから、ステージに一人立ちスポットライトを浴びる歌手か俳優のように、一斉に見下ろされているのだ。 「なんてこった。よりにもよって何で俺が品定めを受けなきゃいけないんだ。」 小さく毒づきながらそれでも必死に非常灯の光を左手で遮り、ひな壇を目を凝らして見ようと努力していた。状況を打開するには女を選ぶしかないのだ。 滝澤と何の遮蔽物を置かずに直に見れる女たちの一群をスーパースターと呼ぶ。それに引き換え滝澤の背後でガラスに囲まれた部屋に入って、スーパースターが各々自由な衣装を身に付けているのに対し、一様にピンクのロングドレスの制服を身につけているのが、トラと呼ばれる女たちの一群である。さらにスーパースターでもトラでもないもう一群がガラスの部屋に入っている。これらの一群は純粋なトラディショナルマッサージだけをする女たちで、容貌年齢等を見れば一目でSEXが対象ではないとどの客にも説明なしに分かる。幾分肥満の中年女性が多い。滝澤は後ろの俗に「金魚鉢」と言われるガラスに囲まれた部屋のトラの女たちを見てみようかとも一瞬思ったが、やはりスーパースターから選ぼうと決心した。トラはあたりはずれが大きいからだ。無益な果てしなく長い時間が経過していっているように感じられていたその時、滝澤に救いの手をのべるように、ふと顔の見える女たちが視界に入ってきた。滝澤に照射される非常灯の光が反射して、何となく顔が見えるのだ。最前列の最下段に並んで座っている女たちだった。皆何時もとは違う停電と言うあまり例のない不測のシチュエーションに愉快そうににこにこしている。滝澤を2mくらいの至近距離の下方から見上げている。その時左手の方からもうひとつ射るような光、正確には強い視線のような物を感じた。それが何かと辿って探って行くと、最前列の一番左端に一人の女の眼差しに釘付けになった。彼女のきちんと伸ばされた背筋、行儀良く揃えられ床に傾けられている両足、その膝頭の上に両手をきちんと重ね置き、滝澤にやや斜に構え少し首を傾げ顔だけを向け、モデルがグラビアの撮影をする時のような、すがすがしい笑顔を作っている。人工的では有るが、そこからは完成度の高い強烈な人を誘惑する視線が放たれているのだった。白目の部分が得も言われぬ邪悪さを秘めている。やけに白目の輝きが目に付いている。彼女の視線は滝澤から一秒もそらされる事は無く、目で強烈にメッセージをアッピールし続けている。獲物を狙う豹のように。滝澤はその眼差しに見入られてそらす事が出きないでいた。 「だんな、58番ですか?」 男が滝澤の腕を軽くつつき、嫌らしい薄笑いと共に声を掛けて来た。 「え?う、うん。」 と滝澤は我に返った。今まで遭った誰にもまして大人びた妖艶な美しい女だと感じていた。男が女たちに向かって番号を告げた瞬間に、女たちの群れからどよめきが起き、その後には誰からともなく拍手が沸き起こった。客が女の番号を指名した時に、女たちの勝負が決する。そして客が文句なしに上玉だと判断された時には、選ばれた女に対して惜しみない拍手を送る。そうそう起きる現象ではないが、その日の滝澤にはその稀な現象が起きた。 立ち上がった彼女は優に170センチは有ろうかと思われる長身で、ご多分にもれずスリムで、ウエストは滝澤が心配するほどか細かった。腰骨が異常に高い位置にあり、ロングドレスに隠された足の長さを嫌が上にも物語っている。卵型の顔には気品が漂い、細かい目で光沢の有るロングヘアーは、顔の両端を美しく覆っている、後髪は背中の腰の位置まで届かんばかりの長さだった。邪悪さを放つ目は細く切れあがっている。このまま女優にしても何の違和感はないと滝澤は思った。見れば見るほどその美しさに見入られる。滝澤はそこがマッサージパーラー(バンコクでのソープの呼称)であると言う事を忘れていた。 女は滝澤に近寄って来るとき、ワイ(合掌)のためにちょっと立ち止まり膝を傾げた。滝澤はそれに応じてぺこりと頭を下げた。何もかもすべてが映画に登場してくる女優のようにしなやかで、美しく絵になっていた。彼女自身も自分が誰からもそう見られるのを十分意識して振舞っている。女は滝澤に近寄り左肘を軽くたぐりカウンターの方に滝澤を導いた。滝澤は引き摺られる様に歩き出した。銀幕から飛び出してきた女優のような美しさにただただ、見とれているだけだった。 「オイと言います。あなたは?」 伏し目がちに視線を床に落とし、しかし悪戯っぽく微笑をたたえながらのオイの第一声であった。良くとおる声だ。このポーズももちろん彼女のいつものシナリオどおりのような。 「滝澤・・・。」 まだ自分を取り戻していない滝澤は、しどろもどろに答えた。 「選んでくれてありがとう。嬉しいわ。」 今度はオイの視線を至近距離から浴びた。オイは滝澤の肘にあてた手はそのままに、言い終わるか終わらないかのタイミングで目を恥ずかしそうに伏せた。 【第四章】チェックイン カウンターでは休憩価格ではなく、5日間を貸し切る交渉をし1日6千バーツ(注 当時1バーツ4.5円、99年2月現在3.1円)5日で3万バーツで交渉のかたを付けた。滝澤の貸し切りの要求にキャッシャーは自らで判断出来ず、店の奥に入って行って出てくるのに時間がかかった。かなり難航しているのが伺えた。 休憩で、タイ人価格は2時間1200バーツから1500バーツ、その他の国々の客には2000バーツまで、日本人には3000バーツまでの価格帯で、交渉がなされる。提示され3000バーツを、そんなに安いのかと驚き喜んでいる日本人観光客と、係りの男たちとのやり取りを、女たちはひな壇から冷静に観察している。そしてそんないとも簡単に吹っ掛けられ、またそれを喜んでいる日本人を、可哀相にと哀れむ。基本的にその価格の半額を店と女たちが分ける。またこれとは別に部屋に入り全て終わった後の客からのチップが女たちの重要な収入源でもある。このチップは誰からも巻き上げられずに自分の懐に納まる。 一方「パパさん」と呼ばれるパトロンがいる女たちは、店と分け合う額がそっくりパトロンに渡る。貸切交渉が難航しているのは、オイが自由の身ではない事を証明していた。 パトロンがその場にいないが故に店のオーナーが単独でオイの貸切を決定しなければならないからだ。人の商品を客に店で使わせるのではなく、店外で使用させるのを持ち主の許可を得ずに許可するようなものだ。これによる店とパトロンとのトラブルは後をたたない。売れっ娘を抱えるパトロンは、一人の客に貸切られるより、店で多くの客をとってくれた方が実入りが多い。そして何より一人の客とあまり女が親密になると、ろくな事が起きないのを経験上知っているからである。 滝澤は金を払い終わり、 「5日も俺と一緒にいるのって嫌?」 一応5日もの貸切の感想を滝澤は聞いてみた。 「いいえ。とっても嬉しい。だってここに来なくてもいいんだもの。一日中サバーイ(気軽に心地よく)で居れるんだから。」 2人で加藤の待つレストランに歩を進めながら。 「どこに泊まっているの?」 「ホリデイイン」 ああ・・と言う風に小さく頷くオイ。 「行った事はある?」 「ええ、何度も」 やぼな質問だったと滝澤は後悔した。 「あのホテルって、女性同伴で部屋に入れたっけ?」 先ほどからやや気になっていた質問をオイに聞いた。 「エレベーターの前に必ず無線をもった人がいるから、簡単には部屋には上がって行けないわ。」 「地下とか駐車場の入り口とかからどっか有るだろう?」 「駄目。誰でもが考える事だから・・・・・。どこでも入る事の出来る場所には必ずガードマンがいて名前をレセプションに無線で確認するの。でもちゃんとチェックインを私の名前でして、お金を払えば・・・・えーット・・・だいたい一晩500バーツくらいかしらあそこは?・・・大丈夫よきっと。」 しっとりとした話し方だ。加藤のワンもオイも普段着に着替え、店の前でタクシーを拾い4人でホテルに向かっていた。 「それにしてお前さんの女、上玉のべっぴんだな。ほれぼれするぜ。何でこんな女があんな店で働いている?」 前の席に座った加藤が後ろを振り向きオイの顔をなめるように観察しながら日本語で話す。 「ほんとうとだな。どうなってるんだろう。でもこう言うラッキーな日もたまにはあってもいいだろう。」 オイのジーンズは膝頭より僅かに上が、綻びている。もちろん意図的な綻びだ。大腿部が異常に長い。スリムかと思われた足だが意外にボリュームがある。ジーンズがはちさけんばかりに車の振動のたびにぶるんと揺れている。 「これからこの女とやりまくりか・・・いいなあ。」 上半身をフロントグラスに戻しながら加藤が言った。 「何を言ってんだい。おまえだってこの娘と一緒だろう。この娘だって捨てたもんじゃないぞ。日本でこんな可愛い娘を見つけようったって、そうは簡単にはいかない。仮に見つけたって、こう言う関係で遊んでくれるなんて事は不可能だぜ。」 会社に同期入社した加藤と滝澤は俺、お前の呼び方で気軽に話が出来た。 「だよなあ・・・。この国は何かおかしいよなあ・・・。どうしてこんな事が出来るんだろう。こんなべっぴんの若い女を1日3万以下の値段で貸切だぜ。」 加藤は独り言の様につぶやく。そして僅かに間をおいて続けた。 「1日何回でもやり放題。なめ回そうが、はめ倒そうが、いじりたくろうが・・・ 。何でも有り。女はかいがいしく嫌な顔一つしないで付き合ってくれるし・・・。一発やったら眠る。真夜中に寝返りをうつときに美しい女の裸体が目が触れる。むくむくって来て眠る彼女にかぶさってまた一発。そしてまた眠る。朝起きて元気のいいところでまたまた一発。」 加藤は過去に何回か経験のある貸切の時の事を描写している。 「夜中っていちいちやったあとにシャワーに行くって面倒くさいじゃない、女も眠いから俺が一発やったあとにもシャワーに行かないだろ。バスタオルを腰の下に敷いたまま眠るんだ。だから朝起きて一発始めようとすると、あそこがぬるぬるに濡れているんだ。おかしいなとよくよく考えて見ると、女が濡れてるんじゃなくて、俺のザーメンが、女の体の中に入ったままなんだよな。自分のザーメンって汚いのか汚くないのかわからないよな。おまえクンニで自分のザーメンなめられるか?」 加藤はおどけた口調でまくしたてた、明らかに酔っぱらっている。 「お前、生でやってんのか?」 とやや意外性の響きで滝澤。コンドームをつける付けないの話は、友達との会話の中でも意外とタブーになりがちだった。一時より話題性が無くなったとはいえ、エイズの恐怖はここバンコクには日本と比較にならないくらい十分ある。 「まあ気分でな・・・・。着けたり着けなかったり。」 「馬鹿、それじゃ全く意味が無いだろう。着けないんだったら着けないで通せば良いのに。それにだよ・・・自分のザーメンなめられるか?って、お前、人のザーメンならなめられるのか?」 と滝澤。さらに続ける。 「この手の商売の女たちはたまにコンドームなしでやらせる相手を持っている。ソープ嬢相手にクンニをするって事は、そのケースが大いに有るって事だぜ。」 「まあいいじゃないか。何事もなり行き、気分気分!!深く考えない。」 加藤はとぼけたハイな口調になっていた。滝澤も加藤もこれからホテルで展開されるであろう、美女との情事に思いを馳せるだけで、下半身がいきりたち、濡れてくるのを感じていた。タクシーのスピードが極めてかったるく感じられた。それでも先程のスコールの時の渋滞より遙かにましになっている。オイは相変わらず魅惑的な笑顔を絶やさない。先程から滝澤が加藤と話をしている間も、常に滝澤の体のどこかに触って遊んでいたオイの手が、滝澤の盛り上がった物をつかんだ。オイの邪悪な目が一段と輝いた。 目次へ→ Volume.3 『ポー ヒウ!』タイ北部ではこの言葉を日常子供の口から頻繁に聞く。『父さんおなかがすいた!』だ。子供は物悲しく訴えるような目でこの言葉を浴びせる。日本でこの言葉をこれほど真剣に訴えている子供を久しく見た事が無い。男は初めてそう言う子供を見てしばし呆然とした。一日の日当の全部を酒代にしてしまい、酒気を帯びた父親もまた悲しそうに目を伏せる。 【第五章】星と夜景と・・・・・ 西欧風のモダンな広々としたホテルの部屋は、ひんやりとエアコンが利いていて、外から戻ってきたばかりの火照った体に心地良い。滝澤は部屋に入って来た足で冷蔵庫に向かいビールをとりだした。テレビのスイッチを入れると、お笑い番組が流れてくる。オイにビール缶を軽く掲げ、彼女が首を横に振ったのを確認し、ジュースをとり出しグラスに注いで渡した。 オイがくすくすとテレビに反応するまでさほど時間はかからなかった。オイはベッドの端にちょこんと腰をかけている。滝澤には日本の20~30年前の、次に何をやるか手に取るようにわかる、どたばた漫才の新鮮味は全くない。ノスタルジーなら感じる事が出来る。がタイ人たちにはそれがどうにも、やけにうけるらしい。屈託無くからからと笑うオイを見て、改めて不思議さを感じずにはいられなかった。何がこれ程までにタイ人を心から笑い転げさせるのか・・・。 滝澤は文化の発展の段階に大いに関係するのかと分析してみた。20~30年前、確かに日本人は唯一の娯楽をテレビに求め、プロレスに胸躍らせ、ドリフターズやコント55号の番組を1週間待ちわびていた。あの当時、日本人は今のようにメディア慣れしていなかったろうし、どんなどたばたコントでも斬新でまだ物珍しかった。当時は日本国民がテレビに溶け込み一体になって笑っていた。あの時代の日本人は今まさしく目の前にいる美しい娘と同じ状態にあったに違いない。 滝澤は部屋の明かりを消して、カーテンを満開にし、21階の部屋から眼下にバンコク市内を見下ろした。シーロムロード沿いに光が集中している。あちこちに新しいビルの建設が進んでおり、昼夜を問わずクレーンが動き人々が建設現場で蠢いている。 滝澤は時計に目をやった。日曜日の深夜11時をまわっていた。発展途上国の野蛮なダイナミズムがこう言う光景を通してもうかがい知れる。誰もがバンコクと聞いて想像する、しゅろの木に囲まれた部屋と、天上から吊り下げられた大きな扇風機の羽根の回る風景は、少なくともバンコク市内では見られない今や虚像の世界だった。 近代的なビルとスラムが雑居するバンコク市街の景観からは、薄暗い部分ときらびやかな部分とのつぎはぎがはっきりと認識される。薄暗い部分だけに目を凝らして観察すれば、滝澤は自分の知らない筈の50年前の日本の町並みを見ているような錯覚に襲われる。5年前に亡くした父親にこの風景を見せたら何と言うだろうかと・・・・。 錯覚に襲われるたびに、しばし父親の事を思い出すのだ。スラムは何もかにもがぼんやりとした蛍光灯の光に包まれている。蛍光灯の明かりは寒々とし、ありのままをそれ以上にリアリティーをもって、冷たくショウアップする。 薄汚れた建物の壁、朽ち果てんかと見紛う木製の開けっ放しの窓、瓦礫の散乱した剥き出しの地面・・・みすぼらし物に輪をかけてみすぼらしく見せる。だが滝澤はそう言う風景が好きだった。気取らない肩肘を張らない、人間の内面を赤裸々に描いたような風景に妙に落ち着きを感じるのは何故だろうとしばし考える。 滝澤は一人がけのソファーと小さなテーブルを窓際に引き摺って行き、外界に向けて据えた。そして深々とソファーに腰を沈め、靴を脱ぎ靴下も脱ぎ捨てテーブルに両足を重ねて放り投げる。細かな水滴を持ちはじめた冷たいビール缶を右手に持ち、バンコク市街にもう一度目をやった。 何もかも滝澤には心地が良かった、眼下の町並み、ホテルの肌に涼しいエアコン、快適なこぎれいな部屋、冷たいビール、こう言うシチュエーションでは適度な疲れは心地よさを倍増する。そして背後に控える美しい女、何と言っても、これから起こって来るだろうその女との交わり・・・・・何もかもが理想的に思えた。悦に浸る滝澤の耳にはテレビの音やオイの笑い声などは全く入っていない。 「何見てるの?」 オイが後ろから近寄って来た。自分の世界から引き戻された滝澤は、やや間を置いて。 「日曜日だってのに、多くの人が今も働いている。」 ビール缶を窓に突き出す。 「バンコクでは当たり前よ。一日汗まみれで働いて100バーツ。・・・・安いでしょう?貴方たち日本人にとって。」 オイは滝澤の前に出て、視界をふせぐように窓ガラスに張り付き景色を眺めた。すらりと長く、かといって適度に肉付きの良い足とヒップが見事にジーンズに浮きぼりになっている。真っ白のTシャツからは、長く美しいロングヘアーが邪魔しているが黒いブラジャーが見てとれる。男は汗まみれで一日中犬のように働いて100バーツ。美しい女はまがりなりにもエアコンのきいた部屋で、相手を汗まみれにさせて数千バーツ……男の月給を1日で稼ぐ。滝澤は売るものの有る女とない男との不平等を思った。しかしその裏に隠れた大きな事実に思いを馳せるべきなのだ。即ち売れる女も限られている。誰でも売ることは出来ないのだ。大半の女たちは100バーツの男たちより悲惨な稼ぎになる。売ることの出来る女など、一握りしかいない。いわば厳選に厳選を重ねられて、晴れてこの商売を勝ち得ている選ばれの身、成功者・スターなのだ。そしてそれもそうあれる時間は僅か数年間だけなのだ。蛇の道は蛇、次から次へと若い女たちが、美人の名産地から毎日ベルトコンベアに乗ったように、このバンコクに送られ続けてくる。つかのまの夢を見た女たちは、成功者・スターの座を否応なしに遅かれ早かれ奪われて行く。それを防ぐ手段はない。若さだけは生きとし生けるもの上下の区別なく平等に与えられるからだ。 「滝澤さん・・・とても上手ね、タイ語。」 現役のスターは外を眺めたままこう言った。タイ人はナイハーン(旦那/社長)と言う言葉で客である日本人を呼ぶ。滝澤はどうにもその言葉が好きにはなれなかった。何故ならこの言葉には陰鬱な支配関係が響くのだ。使われ者の身とご主人様という。ちなみに西洋人には決してこの言葉は使わない。『滝澤さん』と小一時間前に出会ったソープの女から苗字を呼ばれるのも、これまた妙な気がすると感じていた。男と女の行きずりの金銭的関係の情事では、古えの昔から苗字で互いを呼び合う事は珍しい。 「その国に住んで仕事をするんだったら、その国の言葉を勉強した方が得だって俺は思うから・・・・・。」 タイ人は自分の国の言葉を特殊語と考えており、外国人はタイ語は話さないものだと決め付けている。がゆえに外国人がなまじタイ語を話したり聞いたりすると、誰からもこの大袈裟な誉め言葉が必ず出てくるのだとわかっていた。 「タイに来てどのくらい?」 オイはまだ外に視線を向けたまま言った。 「ちょうど2ヶ月。労働許可書を申請中なんだ。」 「たった2ヶ月?」 オイはきびすを返して滝澤に振り向いた。前にばらけた髪を絵になるポーズで後ろに掻き上げる。さらさらした髪は掻き上げるそばから、手からこぼれて落ち、もとの位置に戻っていっているように見える。 「嘘でしょ。」 滝澤には眼差しと語気がやや強く感じられた。オイの目は何かにつけ、人に注目を払わせる不思議な何かが有った。ただやさしさだけは感じられなかった。 「2ヶ月だからホテル住まいしているじゃないか。1年だったらアパートに住んでいるさ。それにうちの会社は社員を外国に赴任させる前には必ず社内研修で赴任地の言葉を3ヶ月集中して勉強させるんだ。」 「5年住んでいても10年住んでいてもうまくない人はうまくない。僅か1ヶ月でも半年でもうまい人は十分使い物になる・・・・これってどうしてこうなるのかしら?」 滝澤にとってはこの質問も話の流れからお決まりのタイ人からの質問だった。 「ずばり興味の有るものと一緒に語学を勉強しているかいないかって事。また言葉その物に興味のある人は当然うまくなるし、興味のない人はうまくならない。頭が良いとか悪いとか、年をとっているとかとっていないとか人は言うけれど、俺は関係ないと思う。」 これまた何回も繰り返した事のある定型の答をすらすらと滝澤は述べた。 「例えば?・・・・・もう少し分かり易くオイに説明して。」 オイは小首を僅かにかしげてたずねた。タイ人女性は日常会話で自分の事を『私』と言わず自分のニックネームで言う。 「例えば・・・、俺が君を好きになったとするだろ、そうしたら君と話をしたい。君の事をもっと知りたいと思う・・・。だから必然的に勉強する。これは語学を君と言う興味を利用して学ぶと言う事だよね。語学だけだったら長続きしない物が君のおかげで継続できるんだ。」 オイはふーんと言うそぶりで、腕を組む。 「君と恋人同士になったとしよう。そしたら2人で一緒にいる時間は長くなるよね。街の中でも部屋でもそしてベッドの上でも・・・。君は容赦なくタイ語を使ってくる。タイ語以外に意思疎通させる言葉がないから。こう言う環境では一日中授業になっているんだ。人はよくロング・ヘアー・ディクショナリーが最高の語学習得のツールだって言うだろ?これは長い髪の辞書、即ち女を連れて日常生活をすごす事が、語学学習の最良の方法だと言うわけだ。だって継続しなければならない、辛い言葉習得と人間の性本能が深く交錯しているんだから、これほど理想的な取り合わせはない。」 滝澤は話していてオイにこの話が理解できるかどうか不安だった。なんせ彼女と滝澤とでは日々の生活環境が違いすぎるのだから。環境だの継続だの本能だのそんな会話がうら若きソープ嬢にわかるだろうかと。案の定しばし途絶え沈黙が流れた。右手指をあごにつけ、窓に持たれかかってオイが滝澤をまじまじと見下ろしている。滝澤もバンコクの夜景に浮かぶ見事な女体のシルエットを鑑賞する。オイがおもむろに口を開いた。 「滝澤さん?あなたオイをどうして抱こうとしないの?」 突然のオイの言葉に滝澤は不意をつかれた。 「他の客はこうやってホテルで部屋に入ったら、すぐに君に襲い掛かるのか?」 いきなりの突込みをはぐらかすための、冗談だった。だがそれが冗談にならなかった。 「ええ。だいたいはそんなもの。・・・・だって皆客は、私を抱きたいって事しか頭にないから・・・。タクシーに乗った時からお客はもう頭の中はSEXの事しか考えていない。男の人って皆そうだから仕方がないけど・・・・。」 滝澤はこの最後の言葉にショックを受けた。そうなのだ、ソープ嬢でひな壇に毎日毎日並んでいると、男は1日たりとも女抜きで居られない動物に思えても、不思議ではないのではないかと自分に問いかける。とにかく幼少の頃から毎日毎日男たちのエンドレスとも思える、飽くなき性的欲望の狭間に、彼女たちの人生は揉まれ続けてきたのだから。そのはけ口として、彼女たちの体は使われているのだから。いくらそんな事ないと滝澤が議論を吹っ掛けて否定しても、彼女たちに聞く耳はきっとない。 オイは腕組みをほどきながら続けた。入り口のドアに僅かに目配せして、 「あそこのドアを閉めるなり、抱き着いてきてキス、そしてそのままベッドに押し倒してくる客もいるわ。」 オイは男という言葉を使わず客(ケーク)と言う言葉を徹底して使っていた。 「運が良ければ1回やったら急に大人しくなってそれっきりって人もいるわ。最悪の場合一晩中やり続ける人もいるの。」 オイにけれんみはない。何を隠そうとか言う気持ちは、通りすがりの客の滝澤に対しては持っていないのだ。滝澤にはオイの言っていることに妙に説得力があると思った。滝澤がもう少し若ければ、一晩中この美女とやりたいと思う気持ちになるのは当然だと思う。まして日本のように女が自由にならない国、仮に少し自由になっても途方も無い金を使わなければならない国、やたらめったら男と女が道徳やモラルで格好をつけ、男と女である前にきどった人間であろうとする国からこのバンコクに来れば、一気に開放された喜びでそうなってしまうだろう。特に日本からやってきた最初の夜などは・・・。 とにもかくにも屁理屈抜きで、こんな美人が生まれたままの姿で一晩中、柔肌をすりよせて自分の横で添い寝し、そしてそんな女に何をしても構わないと言う状況が有るのだから・・・・・。 「一晩中やりつづけるって・・・・客は寝ないの?」 「寝ない。」 「で?君はどうしてるのその間?」 「ただ我慢するだけ。本当に痛くて涙が出てくる時が有るけど。」 「もうやめてくれって頼んだりしないのか?」 オイは小さく顔を横に振った。ナンセンスな質問なのだ。腕組みをほどきながら滝澤の正面に近づき両膝をカーペットについた。そして両肘をテーブルに投げ出された滝澤の大腿部におき滝澤の顔をのぞきこんできた。滝澤は話題を変えた。 「さっき店で君は一番前の左に座ってただろう?あれはちょうど客との仕事が終わって部屋からひな壇へ戻って来たばっかりの所だったって事?」 オイは軽くうなずいた。 「滝澤さん、あなた素敵・・・・。」 滝澤の質問とは別にオイはオイの世界を築いていた。滝澤はオイの言葉を無視して続けた。そう言う話の展開は苦手だ。 「今日は俺で何人目?」 「コン ティー シー カー(4人目)」 いたずらっぽく滝澤を見つめている。今や滝澤の話をあまりまじめに聞いていない風があった。ややこの言葉に勢いをそがれた滝澤に。 「既に今日3人の他の男に抱かれた女はお嫌い?」 オイは笑ってはいなかった。挑発だと滝澤は思った。と同時に不思議な感覚が気持ちの奥深いところからわきあがってきた。滝澤は冗談じゃないと自分に言い放った。初めて会った女、自分の女でもない女に、嫉妬を感じるなんて馬鹿げていると。必死に打ち消しにかかるが、オイの文句なしの美しさが、自分の前に3人もの男がこの女と寝ている、と想像しただけで胸を引っ掻かれる感じがし始めたのだ。 「今日3人の男のものを含んだ口は汚らしい?」 滝澤は絶句した。オイはゆっくりと舌を唇に這わす。せっかくのルージュがその輝きを失って行く。 「今日3人の男が私の上でいったの……。汚らわしい?私の体?……」 オイは滝澤のテーブルに放り投げられた左足をほとき、床に下ろした。滝澤が何を思おうが考えようが関係ないと言う風で、行為を進めていた。床におろした左足とテーブルに乗っている右足との間に体を割って入れてきた。彼女のか細い肩を両ももで挟むような姿勢になった。滝澤はとっさにまさかと言う考えがよぎった。 「仕方ないわよね。私は売春婦なんですもの………」 滝澤は完全にオイの言葉に翻弄されていた。あいの手が出せない。言葉の暴力だと思った。ややだぶつき気味の黄緑色のスラックスの前は、股を割られた体制では滝澤の物の勃起状態を有りのままに示している。オイは滝澤のそれにやさしく手をあてがい、張りさけんばかりに硬くなった物を握り締めた。 「大きくて立派だわ。」 オイの目は滝澤の目に向けられており、握っている方向を決して見ない。滝澤の表情だけを見て悪戯っぽく楽しんでいる。その間も手は休み無くスラックスの上から滝澤のものをやさしくなでている。 滝澤とて物心ついてこの方、女に不自由した事は一度も無かった。一般人に比べればかなりな遊び人であり、多くの女との関係があった。当然自分の物を撫でられただけではさほどの感慨もない、仮にインサートしても自分がイク気にならなければ、射精する事はまずない。がしかしその日は違った。自分の年の半分程度しかないであろう女に言葉と行為で翻弄され続けている、いたぶられる自分がやや情けなかったがともかくオイの攻撃は細心にして大胆だった。オイはやおら視線を下に落として行き、滝澤のファスナーをおろし始めた。 滝澤は条件反射的に腰を軽く引こうとしたが、深々と腰掛けているソファーには逃げ場所はない。オイはファスナーをおろし終わると、今度は手をスラックスの中に挿入してきた。滝澤は自分の物が朝シャワーを浴びて以来、洗われていない事、そして先程からのオイの手の愛撫で尿道を伝わってかなりの液体が上昇して行く感覚がはっきりとあり、ペニスの先端がかなり濡れていると言う恥ずかしさを感じずにはいられなかった。 オイは器用に滝澤のトランクスの裂け目から、滝澤の一物を外部に引っ張り出した。がしかしそれからいっときオイの責めが止まった。滝澤は思わず目を閉じて頭をソファーのへりにゆっくり置き、顔を天井に向けた。体の前面を割られ、勃起した滝澤の物が心臓の鼓動に呼応して波打つのを、女から観察されている。それをただ見ているだけの自分は惨め過ぎる。これまた彼女一流の無言、無行為の暴力だと感じた。無力感をひしひしと感じていた滝澤は、早く何とかしてもらいたい、触るなりくわえるなりいじるなり。目を閉じた滝澤にはそう感じるしかない。オイがようやく動き出した。 まず舌先で滝澤のペニスの先端の尿道口に触れてきた。滝澤の体がピクンと反応する。そこから溢れ出し、亀頭部を濡らしている透明だが糸をひく液体を丹念にちょろちょろと舌先で掻き回し始めた。滝澤の腹筋がこぶしを作り痙攣する。痙攣するたびに深々とソファーにうずめた背中が起きあがろうと1、2センチ上昇してはまた沈んで行く。そして徐々にそれをストローでジュースを飲むように、口をすぼめ吸い始めた。 あらかた清め終わると、最後は力を入れて尿道口を吸った。尿管に溜まっている液体がオイの口に吸い上げられて行く感触があった。 「ウッ・・・」 滝澤には初めての経験だった。滝澤の体に小さく電気が走る。思わずあごがあがる。決して激しい愛撫ではない、本格的なフェラでもない。がしかし滝澤を頭の髄から真っ白にさせていた。珍しく滝澤は一気に余裕がなくなっていると感じた。ただ放出したい言うだけの動物的な欲望に駆られていた。久々の感覚だった。オイは依然声を出さない。オイの亀頭先端部分だけの責めは神経的に掻きむしられる快感があった。 オイが滝澤の液体を飲み干してしばらくしてようやく、どの女のフェラと同じ感触、女の唇がペニスをすっぽりとくわえた時のぬめっとした感覚とオイの口の温もりが滝澤の物に伝わって来た。滝澤はようやくなれ親しんだ感触に一息ついた気がした。目を開けオイの表情を観察する余裕が生まれる。下半身は快感で全ての力が抜けているのが分かった。引き続き神経はペニス一点に集約され、オイの口撃をただひたすらに受けている。眼前にあるオイの頭はピストン運動でゆっくりと上下にゆれている。顔はオイのさらさらした髪で完全に隠れていた。滝澤はオイの髪をたくし上げた。先程美しいと感じた顔がどう言う風に自分の物をくわえているか観察したかったからだ。 小さな口は滝澤の物を精一杯くわえ、張り裂けんばかりになっている、美しい顔の眉間に少し皺を寄せながら、頬をかなりへこませながらくわえている。いつ誰のフェラを見ても、自分の物をくわえる女の顔はそそる物が有る。がしかしこの美しい女の姿は何時もにましてエロチックだった。上下運動につれてオイの唇の内側の肉が滝澤のペニスにまとわりつくのがなんともいやらしい。オイの目は閉じられている。 滝澤は目を転じて窓に向けた。決して鮮明ではないが、星の輝きが見える。そしてその下界にはバンコクの夜景が何事もないかのごとく展開している。この上なく幸せな征服感を感じていた。今まさにこの瞬間、絶世の美女が膝ま付き自分の物をくわえている。滝澤の視界にはバンコクの夜景が一望のもとに眺められる。定期的にオイは上下運動をやめ、舌先でかり首をなぞるように円周運動をさせ、常に動きに変化を加えていた。舌のざらつきが男のもっとも敏感な部分を摩擦し続ける。そのたびに滝澤は強い放出意欲を感じ続けていた。そしてそうしている間も断続的に新たなる透明の液体が惜しげもなくオイの口の中深くに、放出され続けていた。下半身が激しく急き立てている。滝澤はそれ以上我慢しておく必要はないと自らで決心した。括約筋に力を入れ、両足の親指を垂直に引きあげながら目を閉じ再びあごをあげ体を反らした。 それに敏感に呼応してオイの上下運動の幅とスピードが増幅した。滝澤のソファーの肘掛をつかむ両手に力が入った。滝澤の眉間にも深い皺が入った。 「アァぁぁぁ・・」 無声音で終わる静かな声と共に、1ヶ月以上放出していなかった大量の熱いスペルマを一気にオイの口の中に放出した。リズミカルに弛緩し脈打ち波状的に液体を放出し続けるペニスをオイは動きを止める事無くしごき続けていた。最後の一滴が出尽くすまで、硬く怒り狂ったかり首を口で摩擦し続けていた。 スペルマの量は、オイの口には納まり切れず、口元と滝澤のペニスとの接点から、逆流して来ている。粘りのない白い液体はツーっとオイの口元をつたいあごへと流れて行き、最後はしずくとなって床に落ちる。粘りの高い液体は白い隆起した筋となって、あご骨の所まで流れとまっている、そこから床に落ちようとぶら下がっている。ぶらぶらと揺れながら、落ちそうでいてあごからはなかなか離れて行かない。 滝澤の物が柔らかくなって来るのを確かめて初めて、オイは滝澤の物からゆっくりと口を外した。あごから零れ落ちるスペルマを両手ですくうようにして、しっかり口を結んでバスルームに小走りで消えて行った。それからは水の流れる音、口をゆすぐ音が僅かに背後から聞こえてきていたが、滝澤にとってはどうでも良い事だった。 脳天に響くような快感の余韻に酔いしれ、動く気力とか何かをする気力は全くなくなっていた。全ての力をオイの口の中に発射したのだ。 滝澤はオイが立ち去ったままの格好でいた。オイの唾液と自分の体液にまみれ光沢を放っている自分の物が、そのままに放置されていた。滝澤は星と夜景を焦点の合わない目でぼんやりと眺めているだけだった。 目次へ→ Volume.4.5.6へ→ |