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クローズアップ2008:新型インフル大流行前ワクチン6000人接種

 ◇水際阻止限界、容易な対策へ--丸腰では被害拡大止められず

 新型インフルエンザに備え、鳥インフルエンザ(H5N1型)ウイルスから作った「プレパンデミック(大流行前)ワクチン」を約6000人に接種する臨床研究の実施が、16日の専門家会議で決まった。日本が世界に先駆けて実施することになるが、実効性や対象者の選定方法など不透明な部分も多い。【清水健二、関東晋慈】

 「丸腰では被害拡大を止められない」。臨床研究の案をまとめた国立感染症研究所の田代真人・ウイルス第3部長は、専門家会議で訴えた。「新型の出現前でも事前接種の意味はあるとの声が、専門家からも出ている」

 プレパンデミックワクチンに期待されていたのは、新型出現後に作る「パンデミックワクチン」が登場するまでの「つなぎ役」だった。新型への効果は不明で、免疫も半年程度で薄れるためで、新型が出現した段階で接種を始めるというのが各国の認識だった。

 だが、ワクチンの原液から製剤にするには2カ月程度かかり、新型発生後に始めても新型上陸に間に合わない可能性もある。ワクチンの使用期限は約3年で、06年に備蓄した1000万人分は来年度から次第に使えなくなる。「みすみす廃棄するよりいい」(田代部長)との判断も働き臨床研究が決まった。生後6カ月~20歳未満の約120人への臨床試験も行う。

 別の理由もある。日本の新型インフルエンザ対策は検疫による水際阻止を重視し、上陸後も一定地域にウイルスを封じ込めることを考えていた。だが、専門家の検討の結果「遮断は不可能」との見方が強まり、政府が今月まとめた対策は「国内まん延を可能な限り防ぐ」とトーンダウン。感染者発生を前提にした対策が重要だが、医療体制整備や社会活動の制限は難しく、プレパンデミックワクチン接種ならすぐに始められる--。今回の方針には、厚生労働省のそうした思惑も見える。

 専門家会議委員の押谷仁・東北大教授は「ワクチン接種に異論はないが、流行期に社会機能をどう維持するかなど、より重要な対策についての基本的戦略がない」と批判する。

 ◇効果は未知数、副作用懸念も

 ワクチンは、感染症の病原体の毒性をなくしたり弱めたりした製剤。体内に入ると毒素を中和するたんぱく質(抗体)ができ、免疫を獲得する。H5N1型のプレパンデミックワクチンに効果を期待するのは、「接種によってH5N1型の新型インフルエンザに対する基礎免疫ができる可能性がある」(田代部長)からだ。ただ、ワクチンは基本的に原料と同じウイルスにしか効き目がない。国内で製造されているプレパンデミックワクチンはベトナム、インドネシア、中国で鳥から人へ感染したウイルス株を使った3種類があるが、それぞれ微妙に性質が違う。新型インフルエンザがH5N1型だとしても、効果は未知数だ。

 一方、ワクチン接種には健康被害(副作用)の懸念もある。一般のワクチンではまれに、アレルギーによるショックなど死亡の危険性がある副作用が起きる。厚労省は重大な副作用が起きた場合は、医薬品医療機器総合機構の健康被害救済制度で補償する考えだ。しかし、新型出現後に「パンデミックワクチン」を全国民に接種した場合については、財源や被害判定の手続きなど未整理の部分も多い。

 また、効果が期待できる新型インフルエンザ由来のパンデミックワクチンは、鶏卵を利用する現在の製法では接種できるようになるまで約1年半かかる。厚労省は、製造期間を半年に短縮するための研究班を発足させ、細胞培養による製造技術の確立を目指す。

 ◇対象1000万人、選定難題

 臨床研究で有効性が確認されたら、プレパンデミックワクチンの1000万人事前接種を検討する。その段階で最大の問題になるのが、「国民の12人に1人」の接種対象をどう決めるかだ。

 国のガイドラインは接種対象者として「医療従事者等または社会機能維持者」の約20業種を例示。だが優先順位は未定で、厚労省は「例示した業種の全員に接種するわけではない」と説明する。対象者の選定はまず業種ごとに機能維持に必要な人数を算出し1000万人の業種別割り振りを決める。その後、各省庁が所管する事業者側に指針を示し、事業者が接種対象者の人数と選定理由を報告する。

 だが、各業種への割り振り方法は未定だ。関係省庁会議の事務局を務める内閣官房は「7月の国の行動計画改訂までに方針を出したいが、間に合うかどうか分からない」。厚労省幹部は「ワクチン接種の優先順位が決まっている国はない。最大の難問だ」と語る。

 スイスのように全国民分のワクチンを準備する方法もある。しかし、厚労省は全国民分の備蓄には否定的だ。

 昨年度に製造した1000万人分の原液の買い取り額は約43億円に上る。製造開始に設備投資も必要だった一昨年度は120億円かかった。厚労省医薬食品局は「生産規模拡大には、工場増設なども必要になる」と話す。原液が保存できる期間も3年程度しかないこともネックという。

 しかし、臨床研究で有効と判明すれば、希望する全員への接種を視野に、さらなる備蓄を求める声が高まる可能性もある。

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 ■各国の備蓄目標■

国名  人口       プレパンデミックワクチン 抗インフルエンザ薬(タミフルなど)

日本  1億2700万人 3000万人分(24%) 2800万人分(22%)

米国  2億9300万人 2000万人分(7%)  8100万人分(28%)

英国    6000万人  330万回分(3%)  1460万人分(24%)

カナダ   3200万人 なし            550万人分(17%)

豪州    1990万人  500万回分(12%)  875万人分(44%)

スイス    740万人 全国民分          200万人分(27%)

 (厚生労働省調べ、カッコ内は人口比)

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 ◆国のガイドラインが定めるプレパンデミックワクチンの接種対象者

 ◇医療従事者等=医療従事者、救急隊員、医薬品製造販売業者

 ◇社会機能維持者=治安維持(消防士、警察官、自衛官、海上保安官、矯正職員)▽ライフライン(電気・水道・ガス・石油事業者、食料販売関係者)▽国、自治体(議員、首長、公務員の危機管理担当者)▽情報提供(報道機関、通信事業者)▽輸送(鉄道・運送・航空・水運業者)

毎日新聞 2008年4月17日 東京朝刊

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