人類が免疫を持たない「新型インフルエンザ・ウイルス」は、いつ出現してもおかしくない。世界的な大流行(パンデミック)を引き起こし、多数の犠牲者が出る恐れがある。さまざまな対策を多角的に取る必要があるが、中でもワクチン対策は重要な柱だ。
政府の「新型インフルエンザ専門家会議」は、「プレパンデミック(大流行前)ワクチン」を、臨床研究の形で約6000人に事前接種する方針を決めた。今後の予防策を方向付ける上で意味があり、ここで得られるデータを国民のために有効活用していく必要がある。
プレパンデミックワクチンはH5N1型の鳥インフルエンザウイルスを元に作成され、2000万人分が備蓄されている。新型そのものに対応するパンデミックワクチンではないが、ある程度の感染予防や重症化防止の効果が期待される。
これまでは、新型インフルエンザが発生してから製剤化し、医療関係者など社会機能維持を担う1000万人に接種する予定だった。しかし、新型発生から製剤化すると、免疫ができるまでに約2カ月半かかる。これでは、感染防御に間に合いそうにない。原液の期限切れも控えている。
今年度の臨床研究では、検疫所職員や医療関係者らの中から希望者に接種し、安全性や有効性などを確かめる。その結果に応じ、来年度は社会機能維持を担う1000万人への事前接種を検討する。世界的にも初のケースとなるが、安全に基礎的な免疫をつけることができるのなら、妥当な方策だ。
ただ、事前接種のデメリットも考えておかなくてはならない。副作用は一定の確率で起きるので、多数の人に接種することで、問題のある副作用が生じる恐れは否定できない。また、結果的に新型への効果がなかったり、当面は大流行が起きないということもありうる。一方で、新型出現後にあわてて打つよりも、慎重に安全性を確認できるというメリットもある。
さらに真剣に検討すべきなのは、こうしたメリットとデメリットを十分に勘案し、情報開示した上で、希望する国民全員にプレパンデミックワクチンを接種することの妥当性だ。
国はパンデミックワクチンを全国民分用意する方針だが、全員分を作るには1年半かかるといい、大流行が起きたら間に合わない。プレパンデミックワクチンに、ある程度の効果が期待できるなら、多少のデメリットがあっても接種したいと考える国民は多いはずで、その希望は無視できない。
プレパンデミックワクチンでも、パンデミックワクチンでも、誰に接種するかだけでなく、具体的な接種手順を早急に詰める必要もある。より速く、確実に、ワクチンを作る新技術を確立することも欠かせない。
毎日新聞 2008年4月17日 東京朝刊