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遺体と向き合い四半世紀、“検視の神様”引退 殺人や強盗事件などを担当する県警捜査1課で延べ23年半にわたり、遺体から事件性の有無を見抜く検視担当を務めた名物刑事が31日、定年退職した。野田茂樹警部(60)で、向き合った遺体は6000体、解剖に立ち会った遺体は2000体に上る。全国的に突出した数だ。「判断が難しい遺体は野田に任せろ」と言われた第一人者は「犯罪に巻き込まれた遺体を一つも見逃さなかったことが誇り」と語り、古巣を去った。 31日夕、福岡市の県警庁舎前で行われた退職者の見送り式。万雷の拍手で送られた野田警部は「仕事は苦しかったが、充実感と満足感でいっぱい」と、うっすらと涙を浮かべた。 1966年に県警に採用され、78年に捜査1課へ。特別捜査班員となり、2年後に検視係を命じられた。先輩の指導を仰ぎつつ、専門書を手に知識を深めた。遺体から事件性の有無を判断する検視の重要性を知り、仕事にのめり込んだ。 事件現場の状況を目に焼き付け、遺体に向かう。小さな傷や不審点も見逃さないよう、頭から足先まで数時間かけてみる。「自分が最後のとりで。絶対に見逃さず、死者の無念を晴らすという気持ちで臨んだ」と振り返る。3人の子を持つ父。それだけに、福岡市東区で2003年に起きた一家殺害など、子供が巻き込まれた事件は特に忘れられない。 休日の呼び出しも日常茶飯事だった。子供たちを遊びに連れて行った記憶はほとんどなく、酒も飲めなかった。現場を渡り歩いて3日間寝られなかったことも。「女房には頭が上がりません」と苦笑する。 退職が近づいた06年には、自らの経験と知識を記した部内向けの検視の専門書を同僚たちと作成した。「自分の警察人生の集大成。後輩に少しでも役立ててもらえれば」と願いを込める。 野田警部と7年間、仕事をともにした捜査1課の清水幸喜管理官(53)は「検視の神様のような存在だった。これほどの人はもう出ないかもしれない。少しでも近づけるよう、頑張っていきたい」と話している。 (2008年4月1日 読売新聞)
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