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見当はずれの新銀行東京批判

だから日本の金融はちっとも先に進めない!

 2005年4月の開業からわずか3年で1000億円近い累積赤字を抱え、行き詰まった新銀行東京への東京都による400億円の追加出資と「再建計画」が批判されている。NB onlineでも山崎養世氏が批判している。世間の批判を総括すると、失敗の原因は以下の3つに要約される。

(1)審査が杜撰: スコアリング(評点制)モデルによる形式審査のみで、実態面の審査がおろそかだった、あるいはなかった

(2)過度な融資目標: 設立当初から過度に積極的な融資目標が課せられた

(3)過度な営業インセンティブ: 銀行の営業担当に融資を伸ばす過度なインセンティブが与えられた

 そして「中小・零細企業への無担保融資の審査は、高い専門性と経験を必要とする難しいものである」にもかかわらず、銀行の貸し渋りを批判するあまり、「中小企業を支援するという政治的な意図が先行した結果」だと言われている。

「識者」が語る新銀行東京の失敗の教訓は正しいのか?

 このような教訓の抽出は一見もっともらしい。しかし、私は重大なポイントが見逃されていると危惧している。そもそも日本では「スコアリング方式の融資モデル」の本質が、全く勘違いされているのではないか。

 日本では、大企業と中堅企業向けに低利な融資を行う商業銀行と、零細企業、個人事業主相手に無担保・高利で融資する商工ローンなどに事業金融が2極化しており、無担保で融資するミドルマーケットが欠落している。これは金融エコノミストの間では広く共有されている問題認識だ。この2極化構造を解消し、ミドルリスク・ミドルリターンの貸出債権とその証券化に道を拓くのが、スコアリング方式の融資なのだ。

 ところが、スコアリング方式の原理を理解せず、運用も誤ったままで、教訓が正しく抽出されていない。例えば、新銀行東京の失敗に鑑み、金融庁はこれまでのスコアリング方式の導入推奨を撤回すると報道されている。

 「金融庁は地銀などに地域密着型金融(リレーションシップバンキング)の取り組みを提唱し、2003年度から貸し渋り対策の1つとして『スコアリング取引の活用』を挙げていた」。しかし今後は、「スコアリング融資を、積極的に推奨する項目から外す」(4月3日付、日本経済新聞)のだという。

伝統的な融資審査モデルには限界がある

 それでは、融資審査におけるスコアリング方式とは何か。その本質を理解するためには、ちょっとステップを踏む必要がある。

 融資判断が直面する最大の壁は貸し手と債務者の間の情報の非対称性である。債務者は自分自身の事業、財務内容の実態を一番よく知っている。一方、融資する側は知らない。上場企業ならば広範な財務情報の開示と監査法人による監査が法律で義務づけられているが、非上場企業ではそうではない。経営者が提出する財務諸表、損益計算書が正しい保証はない。

 この情報の非対称性が生み出す壁を乗り越えられないと、銀行は不良、あるいは悪意のある借り手たちの餌食になってしまう。実際、新銀行東京の損失には、そうした「食い物にされた」部分がかなりあるだろう。理論的には、これは「逆選択」の問題として知られている。

 こうした情報の壁に対して、貸し手の立場から2つのアプローチが成り立つ。1つは伝統的なアプローチである。金融機関は債務者ごとに融資担当者をつけ、継続的な融資関係を築き、企業の内部情報を最大限得られるように総合的な取引関係を深めようとする。

 貸し手の審査担当は、経営者の人格、経営能力、技術力などを見抜き、事業が順調であることを確認しながら、次第に融資限度額を拡大する。その過程でメーンバンクの座を巡ってほかの金融機関と競争も展開する。これは伝統的なリレーションシップバンキングのモデルである。

 融資の現場担当者は借り手企業と経営者の内情に精通することを職務とし、審査担当は実態を見抜く専門性と経験を問われる。要するに、貸し手と債務者の間にある情報の非対称性を限りなく引き下げることを目指すアプローチであり、手間も時間もかかる。従って、一定の規模以上の取引が期待できる企業でないと手間とコストが嵩んでペイしない。だから、取引の規模が小さい企業ほど、担保や経営者の個人保証が要求されてしまうのだ。

損失に対する確率的アプローチをするのがスコアリング方式

 他方のアプローチは、貸し手と債務者の間の情報の非対称性を前提に、債務不履行の発生を確率的に捉えて対処するもので、主に米国で発達してきた。スコアリング方式とはそうしたアプローチの手法化なのである。現場の担当者の経験や高い専門性に依存せずに、大量の取引を処理するビジネスモデルを構築するのが得意な米国らしい手法だ。

 具体的に言うと、金融機関は債務者を多面的な項目で機械的にスコアリング(評点)し、その属性に従って組織内部的な格付けを行う。例えばランク1からランク5まで格付け分類(セグメント化)する。「格付け」=「一定期間の債務不履行による損失確率」である。ランク1は最も損失確率が低いセグメント、ランク5は最も損失確率の高いセグメントとなる。

 このスコアリング方式が成り立つために大切な前提条件が2つある。1つは、与信ポートフォリオの分散が高いこと、すなわち特定の属性のセグメントや企業への与信の集中が排除されており、各債務者に対する与信額が比較的小さく設定されていることである。従って貸し手は「メーンバンク」になることなど志向しない。

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このコラムについて

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日々、生み出される膨大なニュース。その本質と意味するところは何か。そこから何を学び取るべきなのか――。本コラムでは、NBonline編集部が選んだ注目のニュースを、その道のプロフェッショナルである執筆陣が独自の視点で鋭く解説。ニュースの裏側に潜む意外な事実、一歩踏み込んだ読み筋を引き出します。

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著者プロフィール

竹中 正治(たけなか・まさはる)

竹中 正治

国際通貨研究所、経済調査部長・
チーフエコノミスト

1979年東京大学経済学部卒、東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)の為替資金部次長、調査部次長などを経て、2003年3月よりワシントン駐在員事務所所長。ワシントンから米国の政治・経済の分析リポート「ワシントン情報」を発信する傍ら、National Economists Club(WDC)役員を務めるなどエコノミストとして活動。2007年1月に帰国、2月より現職。著書に、『通貨オプション戦略』(日本経済新聞社、1990年)、『米国経済の真実』(共著編、東洋経済新報社、2002年)、『素人だから勝てる 外貨投資の秘訣』(扶桑社、2006年11月)など。

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