2008年04月16日 辻広雅文(ダイヤモンド社論説委員)
関連キーワード:構造改革 定年・セカンドライフ 財政・税金問題 保険
後期高齢者医療制度が「現代の姥捨て山」と批判される本当の理由
私も先ほど、そう書いた。実は、それは間違いである。社会保障の専門家である西沢和彦・日本総合研究所主任研究員は、「これは、『制度』であって『保険』ではない。関連法律には、保険であるという表現は一切出てこない」と指摘する。保険であれば、運営責任者である「保険者」がいる。国保であれば、市町村が保険者である。保険者はその保険の財政責任を負わなければならない。保険者がいなければ、その運営主体は財政責任を負わない。つまり、給付抑制のインセンテイブが働かない。それが、最大の問題である。
この新制度の運営主体者は「広域連合」と言われる地方自治体である。耳慣れない言葉だが、都道府県単位の市町村連合のことである。例えば、国保も介護保険も市町村単位の運営である。それがなぜ、この制度だけがいかにも中途半端な広域連合なのだろうか。それは、市町村が新制度の運営主体になるのを嫌がったからである。そして、財政責任など負いたくないから、「保険」ではなくなったのである。
厚生労働省は頭を抱えた。何とか地方自治体に運営主体者となってもらわなければならない。そこで一計を案じて、保険料を年金からの天引きにした。保険料徴収の事務の煩雑さ、コスト負担を運営主体にかけない配慮である。
だが、これも逆効果である。財政責任を負わず、保険料徴収の苦労もないなら、給付抑制のインセンテイブは二重に働かない。運営主体は広域連合という“架空の地方自治体”である。三重の無責任体制といってもいい。市町村単位で財政責任を負いながら、地域ぐるみで健康管理維持活動を展開し、予防・治療両方の観点から医療費、給付費を抑制していく。その本来あるべき姿とはまるで逆の制度設計になってしまっているのである。
そもそも、保険とは給付費の高く見込まれる人も低く見込まれる人も加入して成り立つ、つまりリスク分散が前提となる制度である。それなのに、後期高齢者というリスクの高い人びとだけを取り出して完結したら、それは持続可能性が低いに決まっている。75歳以前の前期高齢者でも障害のある人は後期高齢者として新制度に組み込まれるから、ますますリスクは高まる。
こうした国と市町村の利害が絡み、その狭間に落ちたような無責任が幾重にも重なった制度に老人たちが閉じ込められる。そう考えれば、新制度が現代の姥捨て山と批判されても仕方がないだろう。
多くのメディアは、年金暮らしのお年寄りの苦しさばかりを煽りたて、こうした制度上の欠陥を突かない。実は、新制度の給付費に対する、当事者たちの保険料負担は1割に過ぎない。残りの5割は税金からの補填であり、4割は拠出金という名の支援金である。どこからの拠出金か。前述した4つの健康保険からの支援金である。つまり、勤労者の支払う保険料が移転されているのだ。
新制度としてくくりだされた以上、後期高齢者のために拠出する理屈はまったくなく、学者によっては拠出拒否の訴訟を起こせば、認められるのではないかと言うほど根拠は薄弱である。
持続性の高い医療制度を再構築するには、これまで書いてきたような矛盾を解消する制度設計の変更とともに、新たな財源の確保が必要だ。
だが、社会保障改革は税制改革とセットに行うべきだという正論はいっこうに実現されない。それどころか、年金からの保険料の天引きによって、高齢者の感情を逆なでしたのだから、消費税の増税などとても世論が許さない。政府与党に何の展望もない証左が、ここにもある。
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辻広雅文
(ダイヤモンド社論説委員)
1981年ダイヤモンド社入社。週刊ダイヤモンド編集部に配属後、エレクトロニクス、流通などの業界を担当。91年副編集長となり金融分野を担当。01年から04年5月末まで編集長を務める。主な著書に「ドキュメント住専崩壊」(共著)ほか。
『週刊ダイヤモンド』の好評巻頭コラムを拡大して完全掲載。政治・経済問題から、ときに社会問題にいたるまで注目の事象を独自の視点で鋭く斬る。